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bless
誰が言ったんだっけ。 お前がきちっとしてて、几帳面で、計画的で、大人で、頭がいいなんて。 ころころ。 ころころ。 今日も彼の部屋で 二人で一緒にころころ。 それにしても。 「ねぇ、お前、こういうのって平気なの?」 「何が」 ふわん、と俺の膝枕でころころしながら微笑む彼。 「色んなものがあちこちに転がっててさ。 この部屋で綺麗なのって水槽のまわりだけじゃん」 「いいだろ、別に。 水槽だけ綺麗なら問題ないし」 よっこらしょ、と身を起こして、ものが散乱した部屋の わずかな隙間を指し示す。 「ほら、ここでしょ、ここ、ここ。 ちゃんと通り道は開けてあるんだ」 「そんなとこだけ開けてどうするんだよ」 「いい? 見てて」 子供みたいにとっても嬉しそう。 ベッドから入り口まで、散乱しているものを踏み越えて行き、 こっちをにこにこ振り返る。 「こうやって部屋には絶対右足から入ってさ。 こう、こう、こう歩くと、ベッドに到着できるでしょ」 と、実践してみせて、ベッドの上に座った俺の膝に到着する。 ぽふん、と膝の上に寝転んで、ちょっと得意そうに笑う。 「ね。俺だって考えてるんだよ。 大丈夫大丈夫、問題ないから。 あはは」 つきあう前は、こいつがこんなにズボラだとは思わなかった。 だけど、つきあい出して、しばらくして、やっと気付いた。 几帳面なのは彼ではなく、彼の母親なのだということに。 母親の絶大な努力によって、彼の外面だけは何とか保たれているということに。 「鼻水でてる、大石」 「どこどこ」 こうして鼻を垂らして雑誌から顔をあげる様はかなりマヌケだ。 「鼻の下に決まってるでしょ」 「そっか。 えっと、ティッシュティッシュ」 あたりの床に散らばったものを掻き分けてティッシュの箱を探している。 俺はちょっとため息をついた。 「お尻の下」 大石は自分のお尻の下に手を差し入れて、ぱあっと笑う。 「ああ、ホントだ。 すごいね、英二。 さすがに目がいいな」 関係ない。 ぺちゃんこに潰れたティッシュの箱から一枚ずるっと出す。 とっても嬉しそうに、いそいそと。 びびーん。 ぽい。 「ねぇ、大石…」 「うん?」 また雑誌から顔をあげる。 今度は鼻水が出てないから多少マシだけど、結構なマヌケ面だ。 「なんでそれ、ごみ箱に捨てないの」 「どれ」 「今鼻かんだティッシュ」 「ああ、これ?」 大石の右尻の横に、今鼻をかんだティッシュが、まんまるになって転がっている。 「あとで」 「すぐそこにあるじゃん、ゴミ箱」 「あ、うんうん。 そうだね」 にこにこ笑うけど、手は雑誌をしっかり開いたまま動かない。 「もう」 立ち上がって、ティッシュを拾い、ゴミ箱に捨てる。 「すごいな、英二」 お尻の下にティッシュの箱を敷いたままで微笑む。 「何が」 「きっといい嫁さんになる」 「誰の」 「俺の」 にこにこ笑う。 とっても嬉しそう。 そうしてその大石の言葉通り、大人になった俺たちは結婚、 というか、一緒に暮らすようになった。 大石はサラリーマン、俺は在宅でフリーのライター。 ぷう。 「大石、何、今の音」 「ん、おなら。 今の可愛くなかった?」 大人になっても相変わらず。 にこにこ笑う。 とっても嬉しそう。 「って言うか、おならでしょ…」 「そうそう、おなら」 「我慢しようとか思わないわけ?」 「身体に悪いぞ」 俺の膝枕の上でころころしながら、にこにこ笑う。 「臭いよ、大石」 「窓開けたら」 「お前が開けろよー」 「臭いと思う人が開けましょう」 そんなこと言って、俺の膝の上から頭をどけようとしない。 にこにこ。 にこにこ。 とっても嬉しそう。 「たーだーいーまー」 「おかえり」 ドアをどかん、と閉めて、台所にいる俺のところまでのこのこ歩いてくる。 そして、俺を抱きしめて、髪に鼻を埋める。 「腹減ったよ、英二。 メシー」 「支度できてるよ」 「今日は何」 「里芋とイカの煮物」 にこにこ。 にこにこ。 とっても嬉しそう。 「それはおいしそうだなぁ。 ビールビール」 俺を手放して、冷蔵庫のほうにのこのこ歩く。 のこのこ歩いてる途中で、かちゃかちゃ、って音。 それからずる、って音と同時にズボンがべちゃっと脱げる。 大石はそれを踏み越えて冷蔵庫に到着。 「ねぇ…」 「うん?」 ぷしゅ、うぐうぐ。 ぷはー!って。 とっても嬉しそう。 「どうしていつもズボンだけ脱ぐの」 「開放感あるじゃないか、ズボン脱ぐと」 「でもさぁ…ワイシャツにネクタイで、靴下もそのままじゃん」 「うん、そうだよ。 だって面倒くさいじゃん。 早く飯も食いたいし」 「カッコ悪い、世界一」 「大丈夫大丈夫、外ではやらないから。 問題ないって。 あはは」 誰が言ったんだっけ、お前が几帳面で細かくて繊細だなんて。 誰だっけ。 会社に行こうとする大石を今朝も厳しくチェックする俺。 「そのネクタイ、昨日もしてたよ」 「そうだっけ。 まぁいいじゃん」 「ダメだよ。 そんなの、だらしない。 コレにして」 クローゼットから、今日のスーツに似合いそうなネクタイを出す。 俺が買ってあげたやつ。 大石はほっとくとシマシマばっかり買う。 あろうことか、それをドット柄のワイシャツに合わせて出て行こうとすることもある。 「うん、わかった」 にこにこ笑っていうことを聞く。 そして、何とか見られるようになった大石は、のそのそ玄関に行き、靴をえいやっと履く。 靴べらを使うことは何とか教えこめたようだ。 が、俺はその足元を見て驚愕した。 「革靴がどろどろじゃんか」 「うん、昨日ぬかるみにつっこんだ」 にこにこ。 にこにこ。 何がそんなに嬉しいんだか。 「脱いでったら。 すぐ磨いてあげるから」 「わぁ、嬉しいな。 ありがとう」 にこにこ。 にこにこ。 誰だっけ、お前が大人でカッコイイって言ったのは。 俺の膝枕の上で今日もころころする大石の髪をつまむ。 「そろそろ散髪にいかなきゃだよ」 「そうかな、まだ平気だよ」 「横がボサボサになってきてるよ。 ホラ、行こう。 着替えて」 俺は立ち上がって大石を振り落とす。 ごつん、と形のいい頭が床に墜落する。 「えー、面倒くさい。 今日は家でごろごろしてたい」 「昨日しただろ」 「今日も」 「だーめ」 「えー」 後頭部をさすりながら、ちょっとムクれる。 誰だっけ、お前が清潔でオシャレだって言ったのは。 誰だっけ、そんなバカなこと言ったのは。 「どうしてジャージで出てくるの!」 玄関先のゴミを箒で掃きながら、大石が着替えてくるのを待っていた俺は 着替えて出てきた大石を見て、絶叫した。 しかも、しかもジャージに革靴だ!! 「楽じゃん?」 「一緒に歩くこっちの身にもなってよ!!」 「そんなに駄目か」 「ひどいよ!!」 部屋の模様替えを思い立った俺は、寝室に大石を連れて行く。 「この机、あっちの部屋に動かそうよ。 そしたらもっと広く使えるし、ここ」 大石はにこにこ笑う。 「うん。 そうだね」 分かってないこの笑顔。 自分がこれから肉体労働をさせられるということ。 「この机、デカイから一回分解しちゃってから 運ばないと、ドア、くぐれないよね」 「あ、ホントだ。 そうだね、英二、すごいね」 にこにこ。 にこにこ。 一目見れば分かるのに、こいつときたら、間違いなくドアのところまで ひきずっていってから、「あ、通らない」って呟いて、そのまま諦めて 放置しそうだ。 間違いない。 俺はリレーのバトンよろしく、大石にホイ、とドライバーを渡す。 「じゃあ、これね」 きょとん。 何となくドライバーを受け取って、ぽーっと俺の顔を見ていたけど しばらく考えて、ようやく事態を理解したらしい。 「俺がやるの?」 途端に肩ががっくり落ちる。 「俺は動かす先を掃除してるからさ。 終わったら呼んでよ」 俺は有無を言わせぬ口調で言う。 ここで逆らうと俺が激怒するのを重々承知している大石は ふてくされながらも、一応よい返事をする。 「はーい」 しばらく俺たちは各部屋に分かれて互いの仕事をしていた。 俺は、大石、さぼってないかな、と思いながらも床を掃除して マットを敷いたその時、隣の寝室から轟音が鳴り響いた。 「ど、どうしたの、何の音!」 俺がばたばたと駆けつけると、大きな机が横倒しになっていて、 大石がその横でしりもちをついていた。 なんとか下敷きにならずにすんだようだけど、俺は横に走り寄った。 「大丈夫?」 「はー、びっくりした。 突然倒れた」 それはひどいね、と言おうとして、倒れている机を見て、 俺は大石の頭をひっぱたく。 「当り前なんじゃないの、脚から先に外したら!!」 そう、机は全てがそのままで、ただ脚だけが取り払われている状態だった。 「普通違うでしょ、ちょっと考えればわかるでしょ、上から順にはずしていくでしょ。 この縦の板とか、ここのサイドボードとか、この棚とか!! どうしておおもとの骨組みから先に外しちゃうの! バカなんじゃないの、大石は!!」 誰だっけ、お前が頭がよくて沈着冷静だなんて言ったのは。 休日の午後、玄関の呼び鈴が鳴る。 ぴんぽーん。 「こんにちはー」 「誰だろう」 俺は大石の顔を見る。 大石はいつものように俺の膝の上でころころ。 ころころしながら、身を起こそうともせず、にこにこ言う。 「あ、忘れてた。 会社の後輩が遊びに来たいって言ってたから 来れば、って言っちゃったんだっけ」 俺は立ち上がって、大石を振り落とす。 ごつん。 「何で先に言わないの!!」 「うーん、忘れてた」 後頭部をすりすり。 でもにこにこ。 にこにこ。 俺は慌ててインターフォンで、ちょっと待っててくれと懇願しつつ、 大石のジャージをひんむいて、ちょっとマシな服を着させる。 ボサボサの髪を櫛で梳いてやり、何とか見られるようにしてからドアを開ける。 「お邪魔しまーす」 元気な声で入ってきた、まだ1年目か2年目くらいの男の子たち。 大石の会社の人間に会うのは初めてではないけれど、この子たちは初めて見る。 小綺麗な身なりの、育ちのよさそうな男の子たち。 入ってすぐにキョロキョロ家の中を見渡す。 「うわー、綺麗なおうち。 さすが大石先輩ですね。 几帳面ですもんね、大石先輩!」 几帳面なのはこいつじゃなくて、こいつの母親であり、俺なのよ。 こいつは散らかし専門なのよ。 俺はそんな風に思いながら、家の中を見たいという青年たちを案内する。 「へぇ〜家具のレイアウトとかも凝ってる〜。 大石先輩らしいですね〜」 いや、こいつはベッドの上までたどり着ければなんでもいいのよ。 「大石先輩っていつもオシャレじゃないですか。 どんな服持ってるんですか、見せて下さいよ」 いや、ほっとくと毎日同じになるから、俺が全部選んで、毎朝着せてやってるのよ。 「ジャージもありますよ、さすがスポーツマンですね」 いや、それは伸縮するから楽だっつって部屋でごろごろする時に着てるやつよ。 それにしても、こいつの外面のよさは学生時代から変わっていないらしい。 遊びに来たこのかわゆい後輩たちは大石を畏敬の目で見つめている。 その陰に俺のたゆまぬ努力と苦労があることも知らないで。 俺こそ畏怖されてしかるべきなのに。 一通り見終わって、俺はとっておきのフォションの紅茶を とっておきのジノリのカップでふるまう。 帝国ホテルのクッキーまで出す。 大石には隠していたやつだ。 一人でこっそり食べようと思っていたのに、勿体ない。 ああ、勿体ない。 大石はそれでもにこにこ。 「英二、これ、とても美味しいね」 俺の思惑なんか無視してにこにこ。 ああ、食べかすをポロポロこぼしちゃだめだったら。 「大石先輩、このステキなおうちで一番のお気に入りの場所ってどこですか?」 家を見終わって、更に大石に対する畏敬の念が増したらしい後輩の一人が尋ねる。 そんなのベッドの上に決まってるじゃん。 にこにこ。 にこにこ。 「ここ」 ころん、と俺の膝の上に転がる。 「ここが一番大事な場所。 俺だけの場所だし」 仰天する後輩たちににこにこ笑いかける。 俺の膝の上でころころしながら。 「それに、いつでも俺の欲しい言葉が振ってくるから」 くるん、と仰向けになって、俺の顔を見る。 「ね、英二」 にこにこ。 にこにこ。 全くもう、この人は。 俺はふんわりした溜息と共に、膝の上でごろごろ転がって乱れた 大石の前髪を整えてやる。 そして、朝から言おうと思っていた言葉。 「うん、大石。 お誕生日おめでとう」 誰だっけ、お前が勤勉で、計画的だっていったのは。 大石は大きな黒い目を見開いてがばっとおきあがって、俺の肩を掴んで叫ぶ。 「今日って30日だっけ!! 月末じゃん! やばい、23日だと思ってた。 月初に提出の書類とか資料とか、全然作ってないよ!! やばいやばい、どうしよう、どうしよう、英二!!」 頼りなくてズボラでどうしようもないお前。 GOD BLESS YOU, AND I BLESS YOU !! HAPPIE HIPPIE BIRTHDAY. ←back to top |