THESE DAYS / 5


俺は毎晩「二度と来るな」と言われたその場所に足を運んだ。

大石に嫌な顔をされるのでは、と考えると躊躇しないでもなかったが、
それでも俺はもう自分を止めることが出来なかった。
あの頃も、そして今でも、彼を愛しているという事実を嫌になるほど
自覚してしまった俺を止められる理由など、俺には見つけることが出来なかったのだ。

毎晩その街に足を踏み入れては、毎晩同じ場所にまっすぐ向かった。
しかし彼はそこにはいなかった。

ああいう街では、大石のような仕事をする人間が客を取る場所は決まっているらしい。
大石はこの街に来てから間もなく、また何のツテも持っていなかったので、
あんなひどい場所でしか客を取れないのだろうと、教えてもらった。


「そんなに秀ちゃんが心配?」
ガラガラ声のオカマは笑う。
「心配だよ」
見慣れてくると、チャーミングと言えなくもないかもな、と思いながら俺は答える。

相変わらず脛毛は処理していなかったが、その男は優しかった。

「あたしも心配なのよ、あの子のことは」
今日は黒のレザーコートを羽織った彼は、細長い煙草をふうっとふかす。
「妙に潔癖っていうか、割り切れてないっていうかね」

「何で2週間もいないんだろう。もうここにはいないのかな」
「それはないと思うわよ」
「どうして」
「ここに一度入るとね、」
彼は煙草を投げ捨てて、それをヒールの高いミュールのつま先で踏みにじった。
「出て行けなくなるもんなのよ、悲しいけど」

また一本煙草を出して、それに火を点ける。
「秀ちゃんは住むところもないし、あんな売り方してたんじゃ長くもたない。
おまけに寒くなってきたしね。この冬を越せるといいんだけど」
「アイツはいつもどこで寝てるの」
「あちこちよ。店のママが店先を貸してくれたり、あたしも泊めた事あるけど」
彼はくすっと笑う。
「あの子、プライド高くてさ、2日続けては絶対に人の世話にならないのよね」

「大石らしいや」
俺も笑った。
でも、笑いは乾いたものになった。
確かに年を越したあたりから、暖冬と言われているこの東京も寒さを増してきた。
大石はどこかで倒れているんじゃないか、俺はそう思うと、いてもたってもいられず、
足をタンタン、と踏み鳴らした。

男は俺の様子を見て、肩をぽんぽんと叩く。
「秀ちゃん、ちゃんと生きてるわよ、大丈夫」
「何でそんなことが言えるのさ」
「一昨日くらいから見かけるって話を聴くから」
「ホント?」
「大丈夫、絶対見つかる。あたしも見つけたらすぐ連絡するから」
俺は頷いた。

「鼻、真っ赤よ。もっと暖かくしてこなくちゃ」
男は俺の鼻をつつく。
「あんたって秀ちゃんのことがホントに好きなのねえ」



男と別れて、また街をふらふらとさまよった。
何回もあのビルの隙間を恐る恐る覗き込んだ。

その晩、何回目の巡回だっただろうか。
あの場所に近づいた俺は、そこから人の声が響いてくるのに気づいて、駆け出した。

そして俺が目にしたのは、あのビルの隙間で、男に後ろから抱えられて
犯されている大石のあられもない姿だった。


相変わらず誰がいつ来てもおかしくないその路上で、
彼は素っ裸になって男を咥え込んでいた。
男は毛むくじゃらの大きな身体の男で、そいつも素っ裸になっていた。
ゴミ箱の上に軽く腰掛け、脚も踏ん張った状態で、そいつは大石を後ろから犯していた。
大石は後ろから男に抱えられ、足を開き、
膝をビルの壁面につき、男の太ももをきつく握っていた。

そして俺にとっては最悪なことに、大石は喘ぎ、勃起していた。
彼のペニスは勃起し、乳首も痛そうなくらいに勃っていた。
それを男が時々後ろから乱暴にひねり潰す毎に大石は喘ぐ。
その喘ぎ声は誰かに聞かせようとしているかのように、ビルの隙間にこだました。


俺は目の前が真っ赤になるのを感じた。
そしてビルの隙間に身体を入れて大石の肩を掴んだ。

「え・・・じ?」
大石は一瞬、驚きのあまりに自分が淫らな行為に耽っていた事実さえ忘れたようだった。
「放せよ!」
俺は力を入れて、大石の身体を男から引き剥がそうと焦る。

男は何事か理解できない様子だった。
大石とつながったまま、仰天して俺を見て怒りを含んだ声をあげた。
「何だ、このガキは」
「放せったら!大石を放せよ!」
俺は躍起になって、大石を自分の側に引き寄せながら、男の肩を逆方向に強く押した。

当たり前のことだった。
男は軽く、そのゴミ箱に腰掛けていただけだったのだ。
そして、そのゴミ箱は、何の後ろ盾すら持たない、ただのブリキのゴミ箱だ。
男は大石の体内からすっぽ抜けたペニスで空をつかみ、そのままゴミ箱もろとも
後ろに倒れた。

「英二!!」
バランスを失いかけた大石は、とっさに俺の肩にしがみつきながら、叫んだ。

男は後頭部と背中を強打したようだが、幸いにも意識を失うことはなかった。
一旦は俺に掴みかかろうとしたが、自分の丸出しのペニスに気づき、
憎々しげに俺睨みつけ、そして俺にしがみついている大石を睨みつけ、舌打ちをして、
悪態をつきながら走り去って行った。

勿論、一円だって大石には金を支払わずに。



呆然として俺にしがみついていた大石は、男が去ると、はっと我に返ったようだった。
突然俺を突き飛ばして身体を離し、今まで聞いた事もないような声で怒鳴った。
「ふざけんなよ、邪魔しやがって!!」

大石とは思えない剣幕に、俺は何も言葉を継げなかった。
押し黙っている俺に余計に腹を立てたのか、大石は俺の肩をどん、と押した。
さながら、先ほど俺があの毛むくじゃらの男の肩を押したがごとく。

「どういうつもりだ、英二。何の権利があって俺の商売の邪魔をするんだ。
あの男は二度と俺を買わない。噂もまわるから、俺の客は更に減る。
どうしてくれるんだよ、英二」
怒りの為に頬が紅潮して、大石の青白い顔に花が咲いたようだった。

「俺がお前を買うよ、大石。お金払えばいいんでしょう?いくら払えばいい?」
俺の言葉に、大石はぎょっとしたように目を見開き、そして瞳を下に逸らした。
「やめろよ、悪い冗談だ」
「冗談じゃない。俺、本気だよ。
俺が毎日お前を買うよ。そしたらお前、そんなことしなくていいんでしょう。
俺、手取りもそんなに多くないけど、でも、有り金全部お前に払うから」

大石は奥歯を噛み締めたまま、反吐でも吐き捨てるように呟く。
「やめてくれ、馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくない!」

かっとすると、何をしでかすか分からなくなる俺の悪い癖は「あの頃」のままだ。
俺はスーツの胸ポケットから財布を抜き出して、それをそのまま大石の胸に叩き付けた。
財布は、彼の胸に一度あたってから地面に落ちた。
そのぺたん、という軽い音が、中にたいした額が入っていないことを物語った。

足元に落ちた俺の財布を見て、大石は顔をくしゃっと歪めた。
中身は大して入っていないにしろ、その財布の外側は一応ブランドの柄が刻印されていた。

「畜生」
大石はしゃがみこんで、財布を握った。
「畜生、バカにしやがって」

俺は彼を侮辱したことに、その時に初めて気づいた。
彼に救いの手を差し伸べようとして、俺は彼の人としての尊厳を谷底に
突き落としてしまったのだ。

「ああ、そうだよ。俺は金が必要だよ。
3日も何も食ってない。何週間も風呂にも入ってない。
俺だって人並みに布団で眠りたい」

彼は、引きちぎるように財布から紙幣を掴み取って、数を数えた。
野良犬がやっとみつけた残飯を食い漁るように、背中を丸めて警戒して、手早く数える。
そして、引き出した紙幣をぐしゃっと握り潰して、また呟いた。

「畜生」




「一個貰ったから、半分こしよーぜ、大石!」

高校の頃のことだ。
夏の暑い日に、テニスコートの隣のグラウンドで練習をしていた野球部が
かち割り氷を選手に配っていた。
目ざとくみつけた俺は、そこから小さな氷を貰って、急いで大石のところに走って行った。
コートの隅で、タオルを頭からかけて座っていた大石は、眩しそうに俺を見上げた。
そして微笑んだ。

「俺はいいから、英二が食べな」
「どうして」
「俺はいいよ、喉も渇いてないんだ」

そして、俺の手のひらに乗って、もう既に溶けかかっている氷を、ひょいとつまんで、
俺の口の中に放り込む。

「おおいし?」
「ちょっと分けてくれればいいから」

かすめるようにキスをした。

「ごちそうさま」




くらくらと眩暈がした。
あの夏の日の、うだるような暑さと、足元から立ち上る激しい照り返し。
遠くに揺れる陽炎。
あの時の大石の笑顔と、今ここで縮こまって紙幣を数える大石の背中。

「これだけあれば何でもしてやるよ」
俺に顔を向けずに、大石は呟いた。
「何がいい。何でもやるぞ」
「な、何でもって」
「だから何でもだよ」

顔を上げて俺を見るその仕草に、とても粗野な印象を受けたのは気のせいではなかった。
俺を見上げて、唇の端を片方だけ上げて、大石は笑う。

「縛りでもアオカンでも、何でもさ。
そうだな、ハチ公広場でフェラチオだっていいぞ」
「おおいし・・・?」
「そういうことがしたいんだろう、英二は?」

何故この男は的確に俺の性癖を見抜いているのだろう。

「知ってたよ、高校の時から。英二は外で人に見られながらしたいんだよな?」
「そ、そんなの・・・」
「いいよ、学生の頃は出来なかったもんな。
お互いに隠すのに必死で、外でスるなんてとんでもなかったよな」

大石は立ち上がって、こちらにぺたぺたと歩いてくる。
「だけど今ならいいぞ」
白くてまろやかな肌を俺に擦り寄せてくる。
二の腕の質感が、それが俺の肩に吸い付いていた「あの頃」の感触を想起させた。
「ここでするか?」

大石からも見えただろう。
股間はスーツごしにもそれと分かるくらい隆起していた。
「どこにする」
その膨らみを彼は掌でゆっくりを撫でさする。


たまらずに大石を抱き寄せた途端、俺はうっと息を詰めた。
先ほどまで意識しなかったが、彼は路上生活者独特のすえた匂いがしたのだ。
みるみる内に、俺のペニスは萎えていく。

「匂うだろ。そうだよな」
ふっと大石は自嘲的に笑って身体を離し、俺の財布を背広の内ポケットに差し込んだ。
財布を入れた胸をぽんぽん、と背広の上から軽く叩き、
「お前には無理だよ」と微笑んだ。
そして俺に背を向けて、歩み去って行く。


今、この瞬間、俺は永遠にこの男を失ってしまう。
そう思った途端、いや、思うよりも早くかも知れない、俺は駆け出した。


「無理なことなんかあるかよ!!」
俺の叫び声に、大石は振り向いた。
「もう逃がさないって決めたんだ!どこにも行かさないって!」
後ずさる彼を捉えて、抱きしめた。

「英二、駄目だ」
弱々しく漏れ出でる彼の声が震える。
「駄目だ、離してくれ」
彼のわななく唇を肩口に感じる。
「俺なんか抱きしめるな」
身体を押し戻そうとする彼の優しい拳が、俺の脇腹を弱々しく圧迫する。
「駄目だ、お願いだ」
しかし次第にその拳は開かれ、俺の背に回る。
「英二」
スーツが千切れるかと思うほど、背中にまわった手が固く結ばれる。
「英二、英二、駄目だ」

「駄目なんかじゃない」
ぎゅうっと、彼の細い肋骨が折れるほどに抱きしめた。
「駄目だ、英二。今まで何の為に俺は・・・」
言葉とはうらはらに、彼は俺に身体をすっかり預けて、しがみつく。
「あの頃からずっと・・・何の為に・・・」


「あの頃」

そうだ、俺たちの「あの頃」には、こんな風に抱き合ったことはなかった。
「あの頃」には当たり前のように一緒にいた。

学校という場があって、部活というつながりもあって、俺たちは共にあることを
至極当然の権利のように考え、そのことの意味やそのことの重要性に気づいていなかった。

「あの頃」が終わってから、当然の権利のように考えていた「共にあること」を、
つなごうとする努力もせず、必死になることもなく、分かったような顔をして諦めていた日々、
俺は何をしてきただろう。

同窓会などで、次の約束を曖昧な笑顔で受け流して帰っていく彼を、
こんな風に追いかけて、抱きしめたことがあっただろうか。


「英二、離してくれ」
大石は俺の腕の中で震えて泣いていた。
「離してくれ、お願いだから」
「いつもみたいに自分から離れてみせろよ。俺は追いかけるから」

彼の黒髪に手を滑らす。
何日も洗っていないのだろう。
ねっとりとしていて、触った手に膜が張ったように滑った。
指の間から逃げてゆく、その黒髪を、ぎゅっと握る。


「出来ない・・・俺にはもう出来ないよ」
「やっと捕まえたよ、大石。何年もかかった」



大石を壁に押し付けながら、俺は彼の身体を唇と舌で愛撫した。
「汚いよ、英二」
大石は身を捩って、俺の愛撫から逃げようとする。
「駄目だ、俺汚いから・・・」

彼の身体から発する臭気は確かに相当なものだ。
それは今や俺に嫌悪感を催させるものではなく、むしろ俺を性的に興奮させた。
「汚くない」
彼の脇腹を大きく舐った。

酸っぱく、なおかつしょっぱい味がする彼の全身を舌で舐めまわした。
ごみ箱に彼を浅く腰掛けさせ、股を開かせてアナルまで舐めた。

大石と俺の匂いはいまや完全に同化したと言ってよかった。
俺の全身からは先ほどの彼と同じく生ゴミのような匂いがしただろう。
彼の全身からは俺の唾液の生臭い匂いがする。

二人の匂いが近づくほどに、俺たちは「あの頃」から遠ざかってしまった距離を、
いや、もしかすると「あの頃」からあったかもしれない互いの距離を縮めていく。
それが俺には嬉しかった。

彼も同じように感じたのだろうか、悦楽の微笑を浮かべて俺の愛撫を全身に受け入れた。

愛撫の最中にも、俺たちは握り合った手を固く結んだ。
そして時折、その固く結んだ手を唇に寄せ、互いの手の甲に口付ける。

「大石、入りたい」
「英二」
俺の首に腕をまわして、大石は俺を受け入れる。
手元にローションはなく、大石のアナルには先ほどのセックスで僅かに残ったぬめりだけだ。

ペニスの亀頭を彼のアナルに押し込んだところで、彼の頬をさすって訊ねる。
「痛くない、大石」
「痛くてもいい」

互いに身体を捻じ曲げて、深くキスをした。
彼の口の中は犬の体毛のような匂いがした。
そこに舌を差し込み、口腔内を全て愛撫すると、彼はくうん、と
それこそ犬のように鼻を鳴らした。

ぐっと奥までペニスを突き入れる。
大きく開かれた大石の口から、喉をきゅっと絞ったような音が漏れた。
そして彼の唇は声を出さずに動く。
「えいじ」
そう動いた。

「おおいし」
俺も彼の名を呼んだ。
俺たちにはひとかけらの余裕もなかった。
互いの身体を感じ、つながることで必死だった。

俺の名を綴って動き続ける彼の唇に指を当てる。
「えいじ、えいじ、えいじ、えいじ・・・」
荒い息の下で、彼は俺をひたすらに唇で呼び続けた。




俺は「あの頃」を今こそ確かに振り返ることが出来る。
俺たちのこれからがいかなる困難と苦悩に満ちようとも、
二度と、決して「あの頃」を切望したりはしないだろう。



大石の中で、俺は瞳の裏側が焼き切れるほどに眼前の虚空を凝視した。






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