HENRY/4


ベッドルームに入ると、彼は俺を放り投げるように、つないだ手を振り、その手を放した。
俺は危うくベッドの角に頭を打ちそうになりながら、床にどすん、と倒れこむ。

彼はそんな俺に目もくれず、部屋の隅に置かれた大きな洋服ダンスを開けて、
奥の方を手荒に探り出した。
そして、大きなスポーツバッグを引きずり出し、それを俺の目の前に投げた。
ガチャガチャと、中でプラスチックと金属が雑多にぶつかる音がした。

「な、何?」

彼が手荒にそのバッグのファスナーを引き裂くように開けると、
見たことのないような器具がこぼれ出た。

「それ・・・何?」
「説明してやるよ」

彼はそれを一つ一つ掴み出しては、フロアに叩きつけるように置いていく。
「これはニップルクリップ」
「これはエネマグラ」
がちゃがちゃと、乱暴に次々と出される奇妙な道具の数々。

「それ、買ったの」
「そうだ、お前があのロープをあそこに置いてからだ。 これはスパンキング」
吐き捨てるように答える。

大石の出す道具は、乗馬用のムチのような形をしたものもあり、浣腸用なのだろうか、
太いプラスチックの注射器もあり、また、何に使うものか分からない医療器具のようなものもあった。

「それから、これがマウスストッパーだ」
最後の道具を出しながら、彼は怒ったような声を出した。
あまりの剣幕に、俺は少し臆してそれらが何なのか、何の用途に使うものなのか尋ねることができず、黙って彼の周りをびっしりと囲んだ得体の知れない道具を眺めた。

「今まで持ってなかったんだ、こんなもの。
店では自分で持って行く器具は使えない」
「じゃあ、どうして買ったの」
彼の肩が一瞬震え、下に向いた顔がふっと俺と反対の方向に少し背けられる。

しばしの沈黙。
そして。
「お前のことを考えながら買った」


瞬間、彼の怒りがふっと彼の両肩から空中に霧散するのが見えた気がした。
彼の肩が落ち、両手をそれらの器具の只中につく。
「許してくれ、英二」


訥々と、相手の居ない独り言のように彼の声がくぐもって響く。

「そもそも買おうなんて思わなかった。
だけど、店を見て、ふらふらと入ってしまった。
沢山並んだ器具を見て、あのロープとお前のことを思ったらたまらなくなった。
許してくれ」


彼の声は、熱病にうかされた患者のうわごとのように続く。
怒りを放出し、彼の身体の奥底から、別の温度を持った熱が湧き出てくるように。

「最初は一つだけ買ってやめるつもりだった。
一つだけならいいだろう、そのくらい妄想したっていいだろうと自分に言い訳をした。
お前があのロープをあそこに置いてるんだから。
俺も一つだけならいいだろうと思った。
だけど、一つ買ったら、あとは止まらなかった」


「許してくれ」

大石は、異様な形をした数々の器具に囲まれて、頭を抱えてうずくまった。
彼は泣いていた。
肩を震わせて。


「大石、これ、どうやって使うの」
「そんなことを訊かないでくれ 頼むから」
「お願い、知りたいんだ 教えて。
怒ってないから、お願い」


「・・・これを最初に買った」
彼は床をまさぐり、最後にバッグから取り出した「マウスストッパー」という皮のベルトを手にした。
「口につけるんだ。 顎に巻いて、首の後ろで留める」
彼の長い指がしなやかに動き、ベルト状のものを輪にして留め金をはめる。

「こっちの金具が口を開いたまま固定する」
留め金の反対側に取り付けられている環状の金具を、彼はまさぐる。
「そうすると、もう英二は口を閉じることが出来ない」
英二、と彼は言った。
至極当たり前に、英二、と。

「ここから涎を垂れ流すんだ」
彼は一層涙声になった。

「可哀相に、英二
苦しいだろうに、口を閉じることが出来ない
可哀相だ
俺にはそんなことは出来ない」

泣きながら、彼はその長い指を、口を開いたまま固定する、
その環状になった金具に通して指を丸く滑らす。
そして、さながらそれが彼のペニスであるかのように、滑らすように指を潜らす。

「ここから充分にペニスが通る。
そこに差し込むんだ。
奥まで差し込んで 喉の奥を突く」

彼は、ぐうっと喉を鳴らす。

「英二、むせるほど苦しいんだ。
だけれどお前は口を閉じることが出来ない。
俺は・・・」

最早彼の言葉は涙にむせて、明瞭ではなかった。

「俺には出来ない」
それをぽとりと力なく床に落として、彼は顔を両手で覆う。

「出来ない。俺には出来ない。
お前にそんなことは出来ない」

こうやって彼は泣きながら勃起し、オナニーをしたのだろう。
そうして次の道具を買い、そしてまた。


彼の取り落としたその代物に、俺は恐る恐る手を伸ばす。
手に取ったそれをしばらく眺めた。

耳に突き刺さる彼の嗚咽。
ついさっきまで彼の手の中にあったそれは、彼の手の温もりを残している。
彼の熱が、そのぬくもりを通して、俺の手に伝わる。

まるで伝染病のように。


俺は震える手で、留め金を外し、自分の顎にそれを巻いた。
なるほど、輪になった金属がちょうど口にすっぽり入り、口を閉じることが出来そうにない。
これを使ったプレイがいかなるものかというよりも、これをつけた顔は
間抜けに見えないだろうかという、おかしなほど呑気な考えが頭をかすめた。

首の後ろで留め金を固定しようとした時、彼の手がその手に触れた。
「やめろ、英二。外すんだ」

彼の唇は紫に、それなのに、頬が紅色に染まる。
それは今まさに熱病に冒されている患者の顔そのものだった。

俺はその顔を見て、そのまま留め金をつけた。
きつく。

「やめろ、英二」

彼の眉間に深く懊悩の皺が刻まれる。

そしてまた、口の端に浮かぶ、ひそやかで淫靡な細かな皺。
秘匿された情熱の証。

「可哀相に。 苦しいだろう」

口ではそう言いながらも、俺の首の後ろにある留め金に手を伸ばさない。

「ああ、可哀相に。 痛くないか」

俺を抱き寄せて、髪の毛に指を潜らせ、ベルトの存在を確認するように髪から首にかけて撫でる。
そして革のベルトが俺の頬に食い込んでいる部分にキスをする。

「苦しくないか、英二。 俺の英二」

俺の顔を撫で回し、皮膚と革の間に何度もキスをして、手を滑らせて、
彼は正気を失った人のように呟く。

「可哀相に 英二」

狂おしく、俺の顔を撫で回し、髪の毛をかきあげ、全てを押しつぶす程に強く唇を押し付ける。

肉欲の具現の如き接吻。

唇を這わせ、それでは飽き足らなくなり、舌で舐めまわす。
頬も、鼻も、額も、髪の生えている頭部まで、俺の頭部は彼の唾液で濡れそぼる。

次第に嚥下出来ない唾液が、俺の口から糸を引いて、垂れる。
顎を伝い、咽喉へと流れ、そして白いシャツの首もとを塗らす。

それを長い指で、つと上に掬い上げ、その指をしゃぶる。
「英二、可哀相に 俺の英二、
こんな姿になって」

彼の舌が赤すぎるように見えるのは気のせいか。

大石は引きちぎるように自分のベルトのバックルを外し、ジーンズと下着を一緒にずり下ろす。
彼のペニスは、腹につきそうなほどにがちがちに勃起していた。
思わずため息と共に声が漏れる。
襲われた獣の出すような甲高い声が。

「英二、ごめんな」
その言葉は彼の今の顔に全くそぐわない。
彼の身体にもそぐわない。

大石は俺の髪の毛を一度優しく撫でたあと、それをわしづかみにして、
俺の頭を自分の股間に乱暴に引き寄せた。
あまりの突然の動きに俺はバランスを崩し、彼のペニスは咽喉の奥まで、あまりに急激に侵入した。

ぐえ、という苦悶の響きが、我知らず咽喉の奥から漏れ出でる。
それと同時に、耳の奥から、にちゃ、という粘液の音。
彼のペニスから出た粘った液体と、俺の生乾きの咽喉の触れ合う、その音。

「英二、苦しいか
可哀相に
英二
英二」

喉の奥に彼の怒張したペニスが突き刺さる。
彼は気狂いのように腰を激しく前後にピストン運動をさせる。

「英二
ああ、英二、英二」

鼻に蠢く彼の陰毛が苦しく、無意識に咽喉を開く毎、彼のペニスが深く抉る。

俺の視界はぼやけている。
何も分からない。
何も考えられない。
俺の顔は今どんな風に彼の目に映っているのか、
彼は今、どんな気分で俺を見下ろしているのか、
そんなことももう分かりやしない。

唯一俺に残されている感覚は、口腔だけだ。

ぐぽぐぽと鳴る俺の口腔。
その中を跳ね回る大石の、硬く張り詰めたペニス。
直腸の内壁と化した俺の咽喉。

身体の意識を失えば失うほど、俺は口腔をまさぐられる快楽に震える。
奥まで突き入られて苦しいはずなのに、
まるで大石にアナルの奥まで深々とペニスを突きたてられているように快楽に悶えた。

俺は快楽の絶頂を迎えようとしていた。
恐らく彼も。


刹那、彼のペニスは大きな音を立てて、俺の口から引き抜かれた。

「まだだ、英二」
筋立つペニスごしに見上げる大石の顔には、感情の欠片も見えなかった。
彼は勃起したペニスをもう一度ジーンズの中に押し込んでしまう。

その「まだ」は、彼の射精を指しているのではない。
俺に対するお預けだ。


彼は俺を抱きかかえて、ベッドに放り投げた。

ベッドのスプリングで激しくバウンドしながら、俺は自身の垂れ流した唾液が、
しなる鞭に似た放物線を頭上に描くのを見た。

ベッドに仰向けに転がった俺の右側のスプリングが撓んだかと思うと、
そこから大石の顔が視界に侵入してくる。
場違いなほどに、ひどく優しい顔だった。
俺の頬に甘いキスをする。
その仕草はいつもの大石そのもので、俺は一瞬自分の置かれている状況が分からなくなる。

喉に奥に絡まる大石のペニスから先走った粘液だけが、俺に現実を想起させる。

「ごめんな」
大石は俺の頬から唇を離すか離さないかの距離で囁く。
彼の滑らかな唇が俺の頬の産毛をくすぐる。

ぱっと彼の身体が離れ、手首に軽い痛みを感じる。
「ごめんな、英二」

何度も謝りながら、あのロープで俺の身体を蹂躙していく。
服を毟るように脱がせながら。

彼はさすがに巧みだった。
あっという間に俺の身体の自由は奪われていく。


「痛くないか
痛いよな
辛いよな
ごめんな
英二
でもとても綺麗だ
嘘みたいだ
英二」

思ったよりも苦しくはない。
しかし、肉に食い込むロープが窮屈な感じがする。

すっかり身体にロープがかけられてしまうと、痺れかけていた顎に急に血の気を感じた。
嵌口具が外されたのだと気づいたのは、大石が俺の唇を舐めたからだ。

それはキスではない。
ただの情欲の印だ。

「えいじ」
彼はそれしか言わない。
その声の持つ熱に、胸が高鳴る。


大石は俺の身体を反転させると、突然尻に噛み付いた。
肉を食いちぎるつもりかと思うほどに強く。

言葉にならない叫びをあげて身を捩って彼の歯から逃れると、大石はびくっと震える。

「痛いか、英二。 もう嫌か」
心配そうな声に、無念の響きを俺は感じた。
そして、その響きに、俺は同調したのだ。

「やめないで」

俺は確かにそう願っていた。
大石を喜ばせるためではなく、自分自身の欲望のままに、そう願っていた。


大石の身体が俺から離れたと感じた次の瞬間、俺は顔を顎を掴まれる。
大石の顔が目の前に瞬間移動してきたかのように現れる。

ひどく乱暴に俺の頬を片手でわしづかみにしながらも、彼の目はとてつもなく優しい。

「英二、愛してる」

そうして微笑む。

天使のように。
子供のように。


そうして、彼は俺を四つんばいにさせる。
正確には四つんばいではない。
膝をたてて、顔をベッドにすりつける。
背筋が折れ曲がる。


「アナルが丸見えだ、英二」
優しい声でそう言って、尻を手のひらで撫で回す。


足元にいる大石は見えない。
ガチャガチャという音に、彼があのバッグを漁っていることは分かる。
彼は俺の目の前にそこから取り出したであろう、乗馬の時に使うような形をした鞭を差し出し、
自分の反対の手を叩いて見せる。

鋭い音が部屋に響いた。

鞭打たれる、そう考えて、俺は歯を食いしばり、これから襲ってくる痛みに備えた。


それはいきなりやってきた。
ぴしゃっという鋭い音のわりには痛みはなかったが、臀部にぴりっとした電気が走った。

「ひっ・・・」
思わず出た小さな叫び声。
彼はそれを聞き逃したりはしない。

「英二、ダメか。 痛いか」

確かに痛い。
しかし奇妙な感覚だ。

俺は痛みの中に、確実に大石の存在を感じていた。
オオイシニウタレテイルというその感覚が、俺の肉体を病魔のように蝕んでいくのを感じ、
そして、その病から快癒したいとも思わなくなっていた。

大石秀一郎、ただその人が、俺を痛みと快楽の間に介在する。
そして、俺はその無作法とも思える介入を、むしろ喜んでいた。

「大石」
「やっぱりダメか、英二、どうした」
「・・・もっとして」

恐らく大石は微笑んだだろう。
優しい皺を顔に作りながら、全く違う印象を与える微笑を顔に浮かべただろう。
淫らで残忍な微笑を口元の皺に表現しただろう。
しかし瞳だけは悲しげな光をたたえているだろう。

そう思うだけで、俺の股間には血液が凝集するのだ。

「英二、勃起してる」
「だって・・・」
「嘘みたいだ、英二。 英二、可愛いよ」

緩やかに始まり、次第にペースを速めていく殴打。
力がこもってくるのと同じに、彼の息もあがってくる。
俺の尻はじんじんと脈を打ち始める。

痛みは鋭さを増し、後ろ手に縛り上げられた腕の内側にまで電気が走る。

「あっ、あ、おおいし、おおいし」
俺は我知らず、彼の名を呼ぶ。

「英二、ごめんな、ごめんな。 痛いな、ごめん」
彼も我知らず、謝罪を繰り返す。


何と奇妙な関係だろう。
鞭打たれながら命令するものと、鞭打ちながら服従するものと
一体俺たちはどちらがどちらを支配しているのか
そんなのは当事者の俺たちにも分かりはしない。

彼は許しを請いながら、それでいて鞭打つ手を弱めない。


「ごめんな、英二、ごめんな、ごめ・・・ん、え・・・じ」
大石は泣いていた。
鞭を持つのとは反対の手で、自分の口を押さえているのだろう。
彼はくぐもった嗚咽を漏らしながら、しかし俺の尻に与える殴打は一層熱を帯び、力を増していく。

「ああ、えいじ、ごめん、ごめんな、ごめんな」
ぐうと彼の喉が鳴る。
「かわいそうに、えいじ・・・あ・・・いたいよな・・・かわいそうに、ごめんな」

今や彼はしゃくりあげて泣いていた。


もう俺には分かりやしない。
俺がかつて何を望んでいて、今何を望んでいて、これから何を望むのか。

痛みに嬲られて意識を失いかけたその時、
唇に柔らかいものを感じた。

ぬめる。

俺は求めていたものを手に入れたことを知った。
かつても望み、今も望み、これからも望むであろう彼を。

大石は正面から俺をしっかりと抱きしめ、俺の背後に手をまわしながらも、ねっとりと口腔を貪る。

口に甘さを感じている最中も、俺の尻は激痛を訴える。
全てがないまぜだ。
彼は手のひらで俺の尻を打ち、さすり、つねりあげていた。
「英二、痛いか、可哀相に、英二」
それでもその手は止まらない。


交互に押し寄せる優しさと残虐さの中、痛みと快楽が絡み合い、
彼の優しさと非道さが絡み合い、俺と彼は絡み合う。
そして、その境界線は同時にまた失われてゆく。

下へ、下へと堕ちてゆく。
緩やかに螺旋を描きながら、俺たちは自意識の下方修正を繰り返す。

彼に肉体的に蹂躙されている俺と、
そうして支配されている俺に服従する彼と、
そうして奴隷のように振舞う彼に鞭打たれている俺と、
そうして家畜のように扱われる俺に怯える彼と。

俺たちは下方修正を繰り返す。

そして堕ち行く自我を意識するほどに、肉体の感覚は高みへと上りゆく。

全ての境界線が失われる。
全ての方向感覚が失われる。
唯一俺たちの縋るべき指標は、互いの肉体、それだけだった。

それまで何人ともこうしたプレイを楽しんできたであろう大石も、最早余裕などなかった。

「英二」
息を荒げて、俺を抱きしめる。
股間を擦り付けてくる。
もちろんヒリヒリと痺れる俺の尻をいたぶることは忘れない。

俺は不自由な身体を捩って、彼の股間をささやかに刺激する。
強く尻を握られる度、鼻がきゅう、と鳴る。
それと同時に、彼のペニスが跳ね上がるのがジーンズごしにも分かる。

「何でそんなに可愛いんだ、英二」
ちゅ、と俺に口付けるや否や、大石は俺の尻をこれまでになく強く、爪を立ててつかむ。

「ひ、ああああああ!!!おおいし、大石!!」
悲鳴が止められない。
俺の尻は既に痛感がむき出しになっており、風が吹くだけでも痛むほどだ。


「英二、英二! もうダメだ!」
大石は驚くばかりの俊敏さで身を起こすと、俺の頭を跨いで、ジーンズを履いたままの股間を俺の口元に押し付ける。

ぐじゃ、と音がした。
同時に、精液独特のいがらっぽい香りが鼻をつく。

大石の名を呼んだけれども、それは言葉にならなかった。
欲しくてたまらなかった大石の精液を、俺は大きく口を開けて彼のジーンズの股間を咥え、頬の筋肉の限り吸った。

何回か吸うと、大石の精液の味がした。
俺はその味欲しさに、何回も吸った。吸うたびに、味は濃さを増す。

「英二、欲しかったのか」
「む・・・」

言葉にならない声をあげて、上目遣いに大石を見上げる。
大石は俺の髪の毛を優しく撫でる。
「ごめんな、英二」

だけど、彼はまだ俺を嬲りたがっている。
彼の股間がまた硬さを増してきているのを、俺は唇ごしに感じる。

足りないなら、もっとしてよ。
もっと、もっと。
泣きながら俺を嬲りものにして。




とどまることを知らない俺の熱
下がることのない彼の熱

生涯治癒しえないこの奇妙な熱病