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機械人間/1
AD26XX トーキョシティー ぱりぱりと放電していたその物体は大変に美しかった 「面白いものを見つけたんだ」 イヌイはグラスを傾けながら笑った。 「うちの会社の倉庫でね」 「先輩の会社って歴史あるし、面白いものが眠っていそうですね」 モモシロが乗り出す。 この男は珍しいものに目がない。 いつでも好奇心旺盛だ。 その時は学生時代の仲間で久々に酒を酌み交わしていた。 俺はあまり気が進まなかったけれど、絶対に来なよ、というフジの 厳しい誘いに負ける形で参加していた。 集まってすぐは緊張もあったが、酒が進むにつれて饒舌になり、 昔話やらに華を咲かせ始めた。 そうしている内に、昔の気安さも手伝ってか、 ロボットメーカーの研究職に就いているイヌイが口を開いたのだ。 「で、何を見つけたんですか」 相変わらず斜にかまえたところのあるエチゼンも少し乗り出す。 イヌイはちょっと辺りを見渡して、小声で囁く。 「廃棄処分になったはずのロボットたちさ」 「どうも廃棄処分にする経費をケチったんだな。 奥の倉庫に箱詰めになって、バッテリーを引っこ抜かれて、放置されてた。 二度と動けないようにしてね」 「それ自体は確かにまずいけど、何もそんなに声をひそめなくても」 俺はちょっと、もったいぶったイヌイの態度が気に食わなくて憮然と言った。 それをちらっと見て、イヌイは少しいたずらっぽく笑う。 「いや、これがまずいんだよ、とてもね」 「どうしてさ」 「その中にあったんだ、ヒューマンタイプのものが」 各所で見られるロボットは全て規格にのっとった、メカらしい形状をしている。 四角かったり、丸かったりはするものの、一目でマシンとわかる形状が 法律で定められている。 俺たちが産まれる随分前の話だけれど、ヒューマンタイプのロボットが作られて、 その完成度の高さは人と区別がつかないほどだったが、色々と問題が起きたらしい。 もう100年以上もヒューマンタイプは作成はおろか、設計も禁止されている。 「それ、すごいことですよ、俺、見たこともないのに!」 カイドウが珍しく叫んだ。 それはそうだ、現存していないのだから。 博物館に資料としておくことも禁じられ、図鑑にも載っていない。 それほど禁制の品なのだ。 「手足がないんだけどね、でも他のパーツは揃っているんだ。見てみたいかい?」 「見たい見たい!」 俺たちは一も二もなく叫んだ。 挙手までした。 いつもは冷静で、人のことを冷めた目つきで見るテヅカまで。 深夜の研究施設は恐ろしいほど静かだ。 何十とある部屋の過半数から明かりが漏れており、その研究が昼夜を問わずに 続けられていることを物語る。 それほど人がいるにも関わらず不気味なほどの静けさに俺は少し身震いをする。 「絶対に内緒にしていてくれよ」 IDカードをリーダーに通しながらイヌイは囁く。 「何しろ、俺は自分の研究室にあいつを持ち込んだ挙げ句、 少しばかりいじってしまったんだから」 「どこをどういじったんだ」 「それは見てのお楽しみ」 研究室の奥、カーテンの向こうにそれはいた。 手足を失ったその物体は、目を静かに閉じ、テーブルの上に立て掛けられていた。 真っ黒でつややかな後ろに撫で付けられた髪、白くてまっすぐな額、 その額にかかる幾筋かの前髪、額の中央からまっすぐ線を引いたようにのびた鼻梁、 ふさふさした黒くて長いまつげに縁取られた目、するっとした頬をあごにたどる途中に、 まっすぐ朱をひいたような薄い唇。 誰もが息を呑んだ。 もちろん俺もだ。 「…これがマシン?」 「ああ、禁止になったのがよく分かるだろう?あまりにも完璧だ」 実際、もがれた手足の連結部分からケーブルや部品が覗いていなければ、 これがマシンであるとは誰も思わないだろう。 それほど、完璧なまでなヒューマンタイプだった。 「掃除はしたんだけどね。皮膚のあちこちについた染みは消しきれなくて」 「それが一層生々しいな」 テヅカがその皮膚に触れる。 「見た目は分からないが、触ると多少ブヨブヨしていて、確かに作り物だと感じるな」 「言われれば、だろう?」 「確かに。言われなければ分からないかも知れない」 「もっと驚きたいかい?」 イヌイはそのマシンの背中から延びているケーブルをそばにあった端末に接続した。 電源に指をかけたところで、ふと俺たちのほうを振り向く。 「もうポンコツだし、修理も完全じゃないから放電する。触らないようにしてくれよ」 そういって、マシンと俺たちとの距離を目ではかり、電源を入れた。 そのものは目を開けた。 ぱりぱりと放電しながら、うっすらと、そして次第に大きく。 黒曜石のような瞳。 ふわふわと焦点をあわせて、ぴ、ぴ、と耳障りな電子音を響かせつつ、 ぎくしゃくと辺りを見回す。 ぴ、ぴ、ぴ、と規則的な音と共に端から焦点をあわせて動くその黒い眼球が、 俺を見て、ふと止まった。 ジーっという低い音に変わったと思った途端、それは薄い唇を開いた。 「マスター?」 俺は仰天した。 その声があまりにも自然だったこと、そして俺がマスターと呼ばれたことで。 「俺…が、マスター?」 それは、ぴ、という電子音と共に、また唇を開く。 「認識エラーです。声紋が一致しません」 そうして目を伏せた。 「きっとお前が似ているんだな、もとのマスターに」 マシンは目を伏せたまま、機械音をしばらく出し、それから口を開いた。 「わたしはブレインに重大な欠陥があります。すぐに廃棄処分してください」 それを3回繰り返し、口を閉ざした。 マシンはただ、深い瞑想にふけっているかのように長いまつげを伏せ、俺たちは その静かな顔をただひたすらに息を詰めて見ていた。 それは異様な光景と言ってよかった。 イヌイとは学生時代の友人で、そんなに懇意にしていたわけでもなかった。 だから、またあのロボットを見たいと思っても、なかなか口実が見つからなかった。 あのロボット見せてよ、と言うのは恥ずかしかったのだ。 彼が美しかったから。 「あ、あのさ、イヌイ?」 「おお、どうしたんだ?珍しいな」 それでも俺は勇気を振り絞ってコンタクトをとった。 「あのさぁ、また遊びに行きたいんだけど、いいかな?」 ドキドキした。さりげなく言おうとしたけれど、多分失敗していた。 「構わないよ。どうしたんだ?あのロボットかい?」 「あ、うん。また見たいなって思って」 イヌイは笑った。 「もちろんいいよ。あれから少しまたいじってみてね。 なかなかいい出来だから、俺も誰かに見せたくてウズウズしているんだ」 「ほ、ホント?見たいな、どんな感じになったの?」 「見てのお楽しみ。もっとずっとヒトに近くなったと思うよ」 「わぁ、楽しみだな。いつ行ったらいい?」 いつでもいいよ、ここのところ研究室に泊まり込んでるから来る前に連絡してくれれば、 と言うイヌイに、すぐ行くよと叫んで、俺は家を飛び出した。 早く会いたかった。 あの美しい物体に。 「早く入って、見られないうちに」 イヌイはロックを外して俺を導きいれた。 「あれ?いないよ?」 この前載せられていたテーブルの上は書類しか乗っていなかった。 「更に奥に隠したんだ。見つかるといよいよまずいからね」 研究室の奥に小さなドアがあった。 「こんなの気付かなかった」 「機密に関わるものをしまっておくための小部屋なんだ。中は結構広いから、入って」 小さな入り口をくぐると、中はちょっとした部屋になっていた。 真四角の無愛想な部屋の片隅に、彼はいた。 背もたれのついた椅子に置かれたクッションに座って。 手足のない、胴体と頭部だけの男。 俺たちが入って来るのを、首を少しまわして、大きな黒い瞳で見ていた。 ぴ、ぴ、とセンサーを働かせているのか、小さな電子音が響く。 前回に見た時に背中から出ていた端末や電源に繋がるケーブルはなく、 彼は自立して動いているようだった。 そして、少し眩しそうな顔をした。 「こ、こんにちは。俺のこと、覚えてる?」 「はい、覚えています。イヌイさんのお友達ですね」 胸がちくっとした。 だけど俺は笑った。 「うん、そう。イヌイの友達。君にまた会いたくて来ちゃったんだ」 「光栄です」 彼はふんわり笑った。 「すごいだろう。まるで人間だ。あちこち切れていたブレインの回路を繋いだんだ」 イヌイはちょっと自慢そうに言う。 「すごいポテンシャルを持っているようだ。まだ解明できていないプログラムが多いけれど」 そうして、俺に手袋を渡す。 「触る時にはこれを」 「放電してたの、まだ修理していないの?」 「ああ、だいぶ直したけれど、まだちょっとパリパリするな」 「少し話をしていていい?」 俺のこの言い方は、かなり曖昧ながら「こいつと二人で」という言質を匂わせるのには 成功したようで、イヌイは「何かあったら呼んで」と言って、小部屋の外に出ていった。 「こ、こんにちは」 一人部屋に残ってマシンと対峙した俺は、またバカみたいに挨拶をした。 「こんにちは」 彼は微笑む。 目眩がした。 マシンなのにマシンの顔をしていないこの物体に、俺はすっかりあてられてしまっていた。 「君に名前はついているの?」 「いいえ、名前はありません」 「なんて呼べばいいのかな。君のマスターは何て呼んでたの」 「お前、と」 「俺もそうでいいの」 「はい、お好きに呼んで下さい」 椅子の上にゆったりと腰掛けた彼の前に棒みたいに突っ立って、俺は躊躇した。 「えと、えと、俺、どこにいようかな。イヌイはいつもどうお前と話をするの」 「そちらに折畳式の椅子がありますので、それを持っていらっしゃいます」 彼の視線の指し示す先から椅子を持って来て、俺は彼の斜め前に腰を下ろした。 「俺ね、この前お前を見てビックリしちゃったんだ」 「この時代にはわたしのような人型マシンは存在しないと伺いました」 「そうそう、そうなんだ。だから初めて見たんだ。すごく…綺麗だよね」 「そうですか」 「うん、とっても綺麗」 言いながら、何と馬鹿なことを言っているのだろうかと少しおかしくなった。 綺麗なのは当り前なのだ。 そう作っているのだから。 この時代、ロボットを持っていない人間などいやしない。 人によっては10台以上保有している。 俺はあまりマシンに興味もないし、動けばいいと思っているので、古い型落ちの 家事ロボットを一台持っているだけだ。 なかなか役に立つ奴で、丸いボディから色々なアームを出して掃除洗濯炊事、 とりあえず何でもこなす。 「俺んちのロボットは、このくらいの大きさのまんまるな奴でね…」 俺はそのロボットの話を始める。 俺はマシン相手に意味のない話をただ続けた。 機械相手に、ただ口を動かしつづけた。 彼はそれを肯きながら聴いていた。 いや、事実、聴いていなかったのかもしれない。 それでも、そういう反応を示した。 俺は、彼の優しげな笑顔を見ながら、とりとめのない会話を続ける。 「それでね…あ…ごめんね、すごい喋ってるね、俺ばっか」 「いえ、大丈夫です」 「お前は何を思うの、こういう話を聞いて?」 「思う、というのは分かりません。わたしはロボットなので感情的なことは。 しかし貴方の言葉は理解しています」 「お前はさ、掃除とかも出来るの?」 「いいえ。手足がありませんので」 「あ、ううん、手足があったら、ってことだよ」 「アームやレッグの性能次第です」 「いいのをつけたら、出来る?」 「はい、可能です」 「ねぇ、ちょっと触ってもいい?」 俺はイヌイに渡された手袋をふと見て訊ねた。 ドキドキした。 マシン相手に俺は嫌われやしないかと、軽蔑されやしないかと緊張していた。 彼はこともなげに答える。 「はい。しかし、感電の恐れがありますから手袋をしてください」 「すべすべだね。おでこ」 俺は彼の額に指を滑らせる。 彼は目を閉じずにじっと前方を見据えて俺の手を受け入れる。 「大丈夫ですか、ピリピリしませんか」 「うん、平気」 俺の手は彼の頬を伝い、薄いピンクの唇を一撫でして、喉へと滑り降りる。 彼はそれでも反応をせずに俺の手を静かに受け入れる。 「すごいね、喉仏もあるんだ」 喉の凹凸を確かめてから、俺はドキドキしながら更に下に手を伸ばす。 彼の鎖骨は美しかった。 少し逆八の字になっているその形は芸術的ですらある。 俺はうっとりした。 その時、ドアのノブがまわって、俺は慌てて手を離して椅子に腰掛けた。 「どうだ、すごいだろう?」 イヌイが顔を出す。 「あ、うん、ホントにすごいよ」 俺の声は上ずってはいなかっただろうか。 「ねぇ、イヌイ、こいつ、直してやれないかな」 俺はちょっと俯いた。 「手足をつけてやってさ、服着せてさ、そしたら誰もわかんないよ」 マシンは俺たちの会話を静かに聞いている。 「駄目だ、何をするマシンか分からないのに手足はつけられないよ」 「大丈夫だよ、こいつ、おとなしいもん」 「古い資料によると、ヒューマンタイプの戦闘用のマシンもあったらしいんだ。 一般人を装って敵陣に乗り込んでから、突然殺戮を始める、というような。 だから手足はつけられないよ」 「こいつのプログラムを解析してみればいいじゃないか。 イヌイはもともとプログラマーだろう?」 「それが出来ないんだ。何重にもプロテクトがかかっている上に、 侵入しようとすると自己破壊を起こす仕組になっている」 俺はマシンの方を向き直って、ぐっと顔を近づけて彼の目を覗き込んだ。 「ねぇ、お前は何をする為のマシンなの?」 「お答えできません」 その黒い瞳からは何の感情も読み取れなかった。 ただ、冷たく硝子玉の奥の作り物の光彩が、急に近づいた俺の顔に焦点を合わせようと 動いただけだった。 「まぁ俺もプログラーマーとしてのプライドもあるし、もう少し解析してみるから。 何か分かったら知らせるよ」 イヌイは俺を研究所の入り口まで送ってくれながら話した。 「それに、お前だけじゃなくて、テヅカも気にしていたし」 「え?テヅカもあれからここに来たの?」 「うん、何回か来ているよ」 胸の奥がちりちりした。 目の奥も。 「また来てもいい?」 「いつでも歓迎だよ」 それからの俺は、いつでもあのマシンのことを考えていた。 家事ロボットがウィンウィン音をたててせっせと掃除をするのを眺めては、 あのマシンが掃除をしたらどんな感じだろうかと想像してみたり、 会社のデリバリー用のロボットが通路を走り回る様をみては、 あのマシンが笑顔で俺のデスクに届け物を置いてくれる様子を想像した。 そして、俺は彼が「マスター」と間違って俺を呼んだ瞬間を忘れられなかった。 あの大きな黒い瞳で俺を見て、「マスター」と、もう一度でいいから言って欲しかった。 →next ←back to top |