THESE DAYS / 4


あれはいつのことだったか。
そんな風に思い出す必要もない。
俺はハッキリ覚えている。

中学3年の夏のことだ。
夏の大会が終わって、俺たちは少しだけ気が抜けたみたいだった。
浮わついていたといえばそうだったのかも知れない。

部活にも毎日行かなくなった。
行く必要もなかったし、行かない方がいいかも知れないとも思った。

実際に、自分が2年の時のことを思い出すに、既に大会も終わって高校に目が向いている
3年の先輩たちが毎日のように浮わついた顔で部活動に顔を出すのは、
下の学年の者にとっては好ましいことではなかった。

だから多分、俺たちは暇を持て余してもいたし、体力を持て余してもいた。
手塚と大石は引き継ぎをするために時々部室に顔を出していた。
俺は寂しかったのだろうか、いつ行くのか大石に聞いては、時折部室に顔を出した。

大石とはクラスも違うし、テニスというつながりがなかったら、全く話す機会もなかった。
引退してから気づいたことだが、俺たちは練習の後や試合の後に反省会を
することはあっても、個人的な用などで二人っきりで遊びに行ったことなどなかったのだ。

俺はそれを、部活から引退して初めて知った。
それまでやたらと一緒にいるような気がしたのは、ひとえにテニスでペアを
組んでいたからだったのだということ。
そして、大石はテニスというつながりがなければ、俺に構ってはくれないということ。
俺にはそれが耐えられなかった。


部活をやめたとたんに、周囲は急激に色気づいてきた。
女子たちも、部活を引退して、特にこれといってすることもなく、うかうかと毎日
暇そうにしている俺たちの様子に敏感に反応した。

放課後に手紙を貰ったり、体育館の裏に呼び出されたり、
そういうことが殆ど毎日のように続いた。
これは俺だけではなく、みんなそうだったようで、この乱痴気騒ぎの中、
3年レギュラーの面々の中にも、彼女と呼ばれる存在を作った奴も数名いた。

そして、大石もその内の一人だった。


大石の彼女になったのは、綺麗な子だった。
清楚で、頭がよさそうで、だけど少し頼りない感じの色の白い女の子。
そうそう目立つわけでもない代わりに、文句のつけられないお嬢様タイプ。

お似合いだよね、と不二は言っていた。
二人が並んで校門をくぐって出て行くのを、俺は毎日のように教室の窓から見ていた。

それまで俺は何かと用事を見つけては2組の扉を開けたけれど、
大石が6組の扉の前に姿を現すことはなかった。
だけれど、大石が彼女を作ってからは、俺も2組の教室には立ち寄らなくなった。
その教室の前にはいつでも大石の彼女が佇んでいたからだ。
楽しげに話す二人の姿を、見たいと思わなかった。

俺自身はどうだったかというと、これがさっぱりだった。
そこそこモテてはいたと思うのだけれど、全く本気になれなかった。

俺の目はいつでも大石を追いかけていたくせに、直視は出来なかった。
なぜならば、大石の横にはたいていあの女の子が寄り添っていたからだ。
俺は視界の端に大石だけを捕らえ、その姿をうすらぼんやりと追いかけていた。


そんな日々を過ごしていた俺の耳に、クラスメイトの話が飛び込んできたのだ。
「おいおい、俺さあ」
そいつは下品な薄笑いを浮かべながら、こっそりと俺に語りかけてきた。
「8組の中村っているだろ、あのヤリマンって噂の」
「ああ、あの派手な女子?」
「そうそう、それ」
さながら物扱いするように、そいつは女を「それ」と呼称した。

「あいつさ、頂いちまったよ」
「頂く?」
「だからさ、ヤっちまったんだよ」
ヘラヘラと笑うそいつの顔の醜悪さを苦々しく眺めているのが苦痛で、
「へえ、そう」と顔を背けた。

そして、俺ははたと気づいたのだ。
俺たちは健全な男子中学生で、そばに手近な相手がいるなら、
セックスをしてもそれほど不思議ではないということに。
あの大石には、彼女がいるではないか。
俺は急激に嘔吐感を覚えた。


大石がセックスをする?


心が弱いと笑うならば笑ってもいい。
俺はその場で顔面蒼白になってしまい、保健室行きとなり、そのまま早退した。
自宅のベッドで頭を抱え込んで、身体を丸めて唸り続けた俺は、いつしか眠りに落ちた。

目を覚ましたのは真夜中のことだった。
真っ暗な部屋の中、二段ベッドの下段で兄貴が呑気な寝息を立てているのが聞こえる。
俺は熱病にも似た奇妙な熱意をもって、ごそごそと寝巻き代わりのスウェット姿のまま
家を抜け出した。
大石の家に向かう為に。

樹によじ登り、枝を伝って大石家の屋根に飛び移り、彼の部屋の窓まで忍び寄る。
コンコン、と窓ガラスを何度か叩くと、部屋に小さな灯りが点った。

窓影に彼のシルエットが映った瞬間、俺は、自分が彼に対して抱いていた感情が、
友情などではなかったことを確実に自覚した。

「誰だ?」
中からの訝しげな声に、答える。
「俺だよ、大石」
「え、英二?」
カラカラと窓が開けられ、寝乱れた髪をした彼の顔が現れた。

「どうしたんだ、こんな真夜中に?」
「お前に会いたくなった」
「随分急だな?」
彼は笑って、俺を室内に導きいれた。

「静かにな。親が起きると騒ぎになっちゃうから」
彼はこそっと微笑んだ。
「わかってる、ごめん」
俺も笑う。


俺は大石をその晩抱いたのだ。
大石は不思議とあまり抵抗をしなかった。
その理由を俺は知らない。
親が起きて大騒ぎになると困ると思ったのか、それとも俺に抱かれてもいいと思ったのか。

その理由が何であるにせよ、パジャマの前をはだけた大石が、俺の首に腕を回して
喘いだのは事実だ。
そして、切なげなため息と共に、俺の名を呼んだのだ。
「英二」
俺の髪の毛を梳り、眉間に軽く皺を寄せながら、俺の名を何度も呼んだ。



大石は何も言わなかったけれど、その次の日に、彼女とは別れてしまったようだ。
廊下で泣き崩れている彼女を見かけたので、ああ、そうなんだろうなと思ったが、
敢えて大石に尋ねることはしなかった。


それからの3年間は本当に楽しかったし、スリリングでもあった。

俺たちは人目を忍んで逢瀬を重ね、身体も重ねた。
大石はどんどん俺に開発されていき、俺のペニスを咥え込んで達するようにもなった。
勿論、大石自身をこすり上げる必要なんかなかった。
彼はアナルで深々と俺を呑み込んで、身体を痙攣させて達した。




俺は「あの頃」をぐるぐると思い出しながら、便器に顔を突っ込み嘔吐を繰り返しながら、
彼の名前を何度も呼んだ。
最初は呟きだったその呼び声は、最後には絶叫となって狭いトイレに反響した。
「大石!!大石っ!!」

彼への思いの苦しさと、嘔吐の苦しさに、俺は泣いた。
両瞳から流れ出た涙は眉間に一度溜まり、額へと流れた。
「おおいしい・・・」


こんなにも愛しいのに、
何故「あの頃」の終わりに俺は彼を強引にでも繋ぎ止めなかったのだろう。

こんなにも愛しいのに、
何故「あの頃」の残り香のある内に、俺は彼を捉えにいかなかったのだろう。

こんなにも彼が恋しいのに。