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THOSE DAYS/ the sun is my enemy _ eiji
辛抱強く叩いたものだと思う。 夜半から、何か言葉にならないものを訴え続け、俺の胸を打ち続けていた 彼の拳が止まったのは、明け方だった。 彼の窪んだ目の周りが、涙で真っ赤に腫れているのが見える。 電気を消した室内で、あまりに痛々しく、見たくないほどに見える。 照らさなくてもいいものまで照らす、太陽が昇ったのだ。 それは夜明けを意味していた。 大石は、眠りに落ちても、まだ燻っていた。 時折しゃくりあげては、長い睫毛の隙間から小さな涙の粒を溢す。 もうやめよう、こんなことは お互いに不幸なだけだ 俺と一緒になってから大石は泣いてばかりだし、俺は漫然と腹を立ててばかりだ お互いに本当のことをひとつも言わず、嘘ばかりついて、それが優しさだと勘違いして いや、違う、勘違いをしているのではない 勘違いをしたがっているのだ 俺がいなくなれば、大石も好きなだけ男と寝られるだろう 何の罪悪感もなく 何のためらいもなく 肉体の欲するがままに いくらでも それは言い訳だ。 俺は単純に自分が逃げ出したくて、その言い訳をしているだけだ。 大石を起こさないように、そっと部屋を出た。 産まれたばかりの朝日が目を指した。 無機質なこの街のビルの谷間から刃のように指す日の光は、あの頃、青学にいて 大石と互いだけを愛し合っていた頃、彼の部屋から見た朝日とは異なるものだった。 凝縮された日の光。 太陽は残酷だ。 俺の心の醜さまで照らし出してしまう。 大石の汚れも。 そして、俺はそれに耐え切れそうにない。 それを溺愛しながらも、俺はそれに耐えられないだろう。 金属がむき出しになった階段を、音がしないように降りる。 大通りを目指して歩く。 少しでも広い通りを選んで、俺は大きな交叉点に出た。 まだ早朝だというのに、車が行き交う。 多くは大型車だ。 どこへ何を運ぶのだろう。 目の前を、土ぼこりをあげて、ダンプが通り過ぎて行った。 道端には酔いどれたサラリーマンがぐだぐだになって倒れている。 その向こうには、朝日に浮かれた気分を台無しにされた学生の集団。 そうさ、朝日ってのはそういうもんさ。 いつでも残酷だ。 現実を俺たちに否応なくつきつけてくる。 そういうもんさ。 この切ないほどの現実をまざまざと俺たちに突きつけるのだ。 ああ、お前は正しいよ。 俺は首の後ろに、否応なく照りつける朝日を受け止める。 そうさ、俺たちは生きてゆかねばならない。 どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、日はまた昇り、そして沈む。 俺たちはアリのように這いずり回り、おこぼれを拾い、お前に生かされる。 どうだい、いい気分だろう。 さぞかしいい気分だろう、お前。 それでも俺は太陽を目にすることをしない。 俺は太陽を背にして歩いているから。 わざわざ振り返ってまで見てやるほどのものかよ。 馬鹿馬鹿しい。 それは俺の事実上の敗北宣言だ。 そんなことは分かっている。 薄々だけれど、俺は分かっている。 だから俺は駆ける。 あの太陽から逃げる為に。 一番安い切符を買って改札を通り抜ける。 どこに行くか決めてなどいなかった。 とにかく改札を通り、ここではないどこかへ逃げたかっただけだ。 山手線は早々と運転を開始していた。 日中ほどの本数はなくても、外回り内回りを問わない俺にとっては十分なほど 頻繁に電車がホームに滑り込んできた。 何台の電車をやり過ごしただろうか。 俺は重い腰を上げて、電車に乗り込む。 どこへと思ったわけではない。 ただ、この街から離れようと乗り込んだ。 ただ乗り込んだだけで、俺の足は止まり、俺はドア横にもたれかかる。 謎の発揮音を立ててドアが閉まり、謎の甲高い機械音を立てて列車が起動する。 景色が俺の動きとは無関係に、途端に流れ出す。 俺の意思とは無関係に、その速度を上げる。 それまで当て所のない怒りだけに包まれていた俺は、突如、流れ出した景色に耐えられなくなった。 「大石!」 窓ガラスを叩く。 離れてしまう。 大石から俺は離れてしまう。 どんどん、 どんどん離れていってしまう。 「大石!!!」 離れられるわけがなかった。 あの男から。 「止めて!電車止めて!!」 乗ったのは山手線だった。 次の駅まで3分と少し。 俺はそれにすら耐えられなかった。 刻一刻と大石と離れていく、彼を置き去りにしているという実感に、俺は耐えられなかった。 こそこそと俺の周りから離れていく乗客たちを追いかけて、その肩に次々にすがり叫ぶ。 「電車止めてくれよ、頼むから!」 「俺はあそこにいなくちゃいけないんだよ!!」 「頼むよ、何でもする、電車止めろよ!」 しまいに、怯えきった学生に突き飛ばされて、俺は転倒ついでに、 山手線独特の中央の金属棒に後頭部を打ちつけた。 「俺は運転手じゃねえんだよ!」 手負いの獣のような学生は震える声で最後の抵抗のように叫んだ。 その声で、俺はじたばたと身を起こして先頭車両に向かって走った。 運転手だ、運転手にしか電車は止められない。 横目で流れる景色を捉えて、俺は更に焦った。 焦れば焦るほど、俺のバランス感覚は失われ、何度も電車の揺れに足元をすくわれて 左右の座席にダイブした。 座席に人が座ってこともあり、何回かはその人たちにエルボーもお見舞いしたように思う。 万が一歯が折れたりしていたらごめんなさいだ。 でも俺は謝ることも忘れて先頭車両に走った。 俺を大石から離さないでいてくれ。 運転手だろうが車掌だろうがJRの社長だろうが、もう誰でもいい。 この通りだ。 俺は土下座でも何でもする。お望みなら犬のように這いつくばってお前の靴だって舐める。 だからどうか、 どうかどうか俺を大石から遠ざけないでくれ。 しかし、残念ながら俺は先頭車両には辿りつけなかった。 ガクンと衝撃が走り、俺は前につんのめり、そのまま前転を何回か繰り返した挙句、 またもやあの中央に走る鉄棒に、今度は背骨を強打した。 次の駅に着いたのだ。 電車は、静かな発揮音と共にドアを開けた。 四つんばいのまま、そのドアから出ると、目の前のホームの向かい側に 反対廻りの山手線が飛び込んできた。 俺は勢い余ってドアが開く前に飛びかかり、今度はジュラルミン製の車体に 額をしたたかに打ちつけた。 電車は嫌いだ。 俺の力に関係なく、定時で運行する。 俺の創意工夫なんか全く無視だ。 ここで踏ん張っても、どれだけ叫んでも、決まった速度で俺を運ぶ。 今すぐに大石を抱きたい。 あいつの肋骨が折れても構うもんか。 この胸に閉じ込めてしまえるほどに、強く抱きたい。 そう思っても、電車はやはり3分でしか俺を元の駅まで運んではくれない。 どれだけ願っても、それ以上には早く抱けない。 ドアが開くなり、俺は全速力で駆け出した。 自動改札が閉じても、信号が赤に変わっても、トラックの運転手が怒鳴っても、 ネコが背中を丸めても、膝が折れそうになっても、息が切れても、俺は走った。 太陽が俺の目を刺した。 そのあまりの光線の強さに、目の奥までじくじくと痛む。 お前なんか無力だってことを思い知らせてやるさ。 俺は太陽を睨みつけながら走る。 足が絡まって転びそうになるのを、無理矢理に前に繰り出し、喉にからまる痰を あえて太陽の方へ吐き出した。 お前なんか俺に何も出来やしない。 大石にだって手出しさせやしない。 俺たちに構うな。 駆け上ると、カンカンとアパートの階段が音鳴った。 だから何だ、それがどうした。 部屋のドアを開けると、大石はばっと身を起こした。 「えいじ・・・?」 その目が真っ赤だった。 俺が出て行った時に、これが最後と思って見たその顔よりも、もっともっと目を泣き腫らして、鼻まで真っ赤で、涎の跡まであった。 「英二・・・出て行ったんじゃなかったのか」 「気づいてたの」 俺は靴を脱ぐことも忘れて、大石の目の前へと滑り込む。 そして涙でふやけたような頬に手を当てる。 「気づいてたのに、どうして止めなかったんだよ」 大石は俺の手に、自分の手を重ねて震えた。 「止められるわけがないじゃないか」 その手があまりに頼りなく、俺は大石を胸に抱く。 「止めろよ、バカ!」 ぎゅうと、俺の大石を胸に抱く。 胸に閉じ込めてしまいたい。 俺の愛するこの男を、自分の中に閉じ込めてしまいたい。 「止めてくれよ、何でいっつもそうなんだよ、お前は」 いや、その逆でも構わない。むしろその方がいいのかも知れない。 大石の中に俺を閉じ込めてほしい。 「止めてくれなきゃわかんねーよ。俺を必要だって、ちゃんと言えよ!」 行かないで、と言ってくれ。 俺はバカだから、言ってくれないと分からない。 俺を繋ぎ止めてくれ。 「俺がばらばらになる前に、お前が何とかしてくれよ!」 俺が戻ってから、驚きのせいか、我慢していたのか、とにかくも止まっていた大石の涙が もう一度溢れるのを俺は肩で感じた。 しゃくりあげるように喉を震わせる大石の黒髪を撫でる。 「どうしていいかわからないんだ、英二」 「大石、俺に傍にいて欲しい?」 大石はしばらくの間の後、こくんと一度、頷く。 一度頷いてしまったことで、堰が切れたように何回も頷く。 その頭を捻って、俺は無理矢理に口付けをする。 泣くことをやめようと歪むように引き絞られた彼の唇を舌で割ると、 生暖かい吐息が漏れて俺の口腔に流れ込む。 その暖かさが心地よく、俺はまたその息を吸い込みながら、キスをする。 「俺さ」 少し笑う。 「ここが成田や羽田じゃなくてよかったなって思うよ」 「どうしてだ?」 「だって、乗ったのが飛行機だったら、俺、今頃ハイジャック犯だよ」 不思議そうな顔で、だけど今更気づいたように大石は俺の顔に触れる。 「英二、おでこ、どうした」 その手を取って、俺は自分の後頭部に触らせる。 「うん、ここも触ってみて」 「うわ!」 大石はびっくりしたように、一瞬手を引き、また今度は優しく俺の後頭部を撫でる。 「ひどいコブだ。どうしたんだ、これ・・・先刻はなかったよな?」 「うん、お前に会いたくて」 「よく分からないんだけど・・・」 「いいの、分かんなくて」 俺は立ちあがって、窓一杯にカーテンを開ける。 太陽が眩しい。 「笑ってやろうじゃん」 「誰を」 「あの太陽をさ」 「俺たちが愛しあってっるって、見せてやっちゃってよ」 カーテンを開けるのと同じ力強さで大石の胸元を開けた。 「さっきから、よくわからないぞ、英二」 「いいの」 身体の傷を隠そうとする大石の手を押さえつけて、そこにキスをする。 細かくささくれだった大石の薄い皮膚が、朝日を受け止めてささやかに光る。 キスを受けて少し水分を含んだその一片は、より優しげに光る。 「大石、してもいい?」 「うん」 「好きだよ、大石。アイシテル」 朝日に照らされた大石はとても綺麗で、俺は少しばかり、太陽にねぎらいの言葉をかけて やってもいい気分になった。 俺の上に乗って、腰を回す大石。 朝日を受けて、彼の小さな乳首が影を作る。 明るいところでセックスをするのは久しぶりだった。 大石の肌はきめ細かで、俺に触れる度に汗ばんで吸い付く。 英二、と俺を呼びながら、のけぞった彼の口腔に日が差し込む。 鮮やかなピンクが垣間見える。 彼の唾液にぬれそぼる舌の奥までも。 長い睫毛の作る陰影が、彼のこけた頬にまでも伸びる。 彼の体毛がキラキラ光る。 「もっと欲しい、大石?」 「うん」 「言ってよ」 「英二がもっと欲しい」 その後に続く、 『ずっとそばにいて欲しい』 小さな声だったけれど、俺にはちゃんと聞こえた。 俺たちはどちらからともなく囁きあう。 「アイシテル」 それだけしか俺たちにはない。 だけど、それがなくなったら、俺たちは何も残らない。 アイシテル 愛してるよ、大石 |