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12で恋を知りました。

15で愛を知りました。





「最近、水よく飲んでるね」
健康法か何か?って俺は笑って聞いた。
「違うって」
大石は鮮やかに笑った。
あの頃はまだそういう顔をしていたのだ。
「何だかさ。妙に渇くんだよな」
ふう、っと息をつく。
コートサイドで地面に座り込んで、大石はペットボトルのミネラルウォーターを手にしてた。
「まだまだ暑いからかにゃあ」
夏の大会が終わって、俺たちの中学の夏も終わった。
部活にも参加する意義は特になかったのだけど、俺たちは何となく惰性で、
2年生が中心となって行う練習に参加していた。
部活のない生活のリズムに、慣れられなかった。
普通の中学だと、受験モードに突入して、なんとなく部活中心の生活から
勉強中心の生活に切替ができるのだろうけれど、俺たちはそのまま
エスカレーター式に高校に進めてしまうから、
時間を持て余していたのかも知れない。
要するに、その頃の俺たちは、夏の残り香の中、少しダルい生活を送っていたのだ。

「何にか分からないんだけど、渇くんだ」
大石はペットボトルを揺らして、そのたゆたう水に目を落として呟くように言う。
「プールに身体がふやけるほど入っても、水をガブガブ飲んでも、ダメなんだ。
渇いてる、って感じるんだ」
その顔がすごく悲しかった。
大石はなんてことない、普通の会話として話したつもりだったんだと思う。
普通の顔して、普通の口調で、「最近面白いマンガないよな」とか、
そういう普通の会話をするみたいに言ってたと思う。
でも、何だかよく分からないけど、ひどく不安な気分になった。
だから、大石の腕をつかんだ。
「どうしたの、急に」
大石が不思議そうな顔で俺を見て笑う。
その顔を見て、俺は自分が妙に不安になったことが、
コドモっぽかったと気付いて、手を離した。
そして、照れ隠しのように、ちょっとふざけた口調で言った。
「あのさ、聞いたことあんだけど」
「ん?」
「水が恋しいのって、性的欲求不満の現われなんだってヨ?」
「へぇ?」
俺は大石に顔を近づけて、そっと言う。
「だから。ね。シヨ?」

「どこ行くんスか!1年にダブルスの練習つけてやってくださいよ!!」
桃が叫ぶのを尻目に、俺たちはコートを抜け出した。
大石は俺に手を引かれながら、桃を振り向いて笑う。
「あとでな、桃」
「あ、桃!俺らが帰ってくるまで、誰もランニングさせんなよ!」
俺も桃を振り返って叫ぶ。
「またですか!もういい加減にしてくださいよ!!」
桃が怒ってるのを見て、俺たちは笑ってた。
あの時、多分俺たちはすげー幸せだった。

コートの裏手にテニス部用の倉庫がある。
そこはテニス部部員が道具の出し入れをする時か、ランニングする時以外は
殆ど誰も来ないし、死角になってるから、誰にも見られない。
そこで俺たちはよくヤってた。

「ねぇ、大石。聞いた?5組の藤原と榊田のこと」
「いや?」
「ガッコでヤってたんだってさぁ。それで先生に見つかって、謹慎処分」
「学校のどこで?」
「放課後の被服室」
「バカだな」
古びたネットの上に座った俺の、靴下を脱がせながら、くすくす大石は笑う。
「せめて鍵のかかる化学実験室あたりにしておけばよかったのに」
「鍵手に入れるのが大変じゃん」
「そんなのカンタン」
まだくすくす笑いながら、大石は俺の足を舐める。
「ん…どうやって?」
「ナイショ」
「そういうのってさ、不純異性交遊ってんでしょ?」
「そうだな」
「俺たちはどうなんの」
「フジュンドウセイコウユウってんじゃないの?」
くすくす笑う。
俺はこのくすくす笑いが好きだった。
「フジュンなのかなぁ」
「どうかな」
内股に舌が這う。
「ね・・・おーいし。俺たち、不純じゃないよな?」
俺たちは古びた倉庫で愛し合う。
カビくさいネットの上で愛を交わす。

俺たちはそんな風にささやかに愛し合ってた。

「もー、何やってたんすかー!」
桃が怒った顔をして俺たちを迎える。
海堂はちらっとこちらを見てから、目を逸らす。
「言わずと知れたコト」
大石は笑う。
「いい加減にしてくださいよぉ。見つかったらテニス部全体に
責任かかってくるかも知れないんですからね」
「だからさ、桃」
大石はラケットを拾い上げながら、横に置かれたままのペットボトルに目を落とす。
「見つからないように協力しろよ」
「なんすか、それぇ」
「そーそー。大石の言う通り。俺たち、やめる気ないもんねー」
ペットボトルを投げ渡されて、俺はそれを一口飲んで、大石に投げ返す。
「もういいのか?」
「うん」
「そっか」
大石は水を飲む。
大石の喉仏が上下に律動するのを俺はうっとり眺めていた。
「さて、と」
口をシャツでぬぐって、大石はラケットをくる、っとまわす。
俺からうつったクセだ。
「カワイイ後輩たちに、ダブルスの練習でもつけてやるか?」
「おっけ」
俺も自分のラケットを持ってコートに向かう。
「二人ともタフっすね」
桃が呆れたように言う。
「今ヤってきたばっかでしょ?」
「一回だけだもん、平気ヘーキ」

一回だけ、って言ったのは、少しイヤミで。
大石は一日に何度も、ってことは絶対になかった。
一晩一緒にいられる時でも、絶対に一度しかしなかった。
大抵のお願いは俺がスネたりすれば聞いてもらえたけど、
これだけは絶対にきいてもらえなかった。

コートに向かう途中、俺は大石の傍に駆け寄って、小声で囁く。
「ね、帰りにもう一回シヨ?」
「ダメ」
ホラね。