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「大石が、最近よく笑うんだよ」
「そう」
不二は俺の話を聞いて、微笑む。
「それに、俺の言葉だったらちょっとはわかるみたいなんだ」
「そっか」
「だからさ、早く迎えに行ってやんなきゃな、って思って」
「英二、やっぱ大学は行かないの?」
「うん。だってとっとと働いて大石を食わせてやんないとね」
「英二は強いね」
ふふ、と友人は笑う。


あれから2年、俺は高校3年になった。
大石は相変わらず病院にいる。
少しずつ、こっちに戻って来てる、と俺は思う。
俺以外の人間には相変わらず反応を示さないけど、俺が行くとふんわり笑って腕を伸ばす。
俺の言葉も多少理解しているようで、ホンの少しだけ肯いたりもするようになってきた。
きっと、大石は今、幸せなんだと思う。
大石の世界には、大石と、俺しかいない。
もしかすると、自分ってものもいないのかもしれない。


「じゃ、俺、大石んとこ行くから帰るね。お先!」
俺は不二に手を振って、学校を後にする。
テニスもやめた。部活は当然何もやってない。
親の意向で、とにかく高校だけは卒業することにしたので、何とか学校だけは通う。
週の半分はバイトに励む。一緒に暮らす時の為に貯蓄をする。
残りの日はまっすぐ病院に向かって、大石と面会時間ギリギリまで一緒に過ごす。
俺が来年の春、高校を卒業して就職できたら、大石と一緒に暮らす。
俺の親は猛反対、大石の親もひどくうろたえてた。
大石はあんな状態だから、俺は一人で戦って、何とか押し切った。
俺の家に関しては、俺は出て行く!勝手にしろ!って感じだったんだけど、
大石のご両親はかなりショックを受けていたみたいだった。
それはそうだろうけど。
でも、俺はちゃんと話して、俺と大石のこと、わかって貰えたんじゃないかと思う。
多分。


「おーいし、来たよん」
病室に顔を出す。
大石がふんわり笑う。
「ね、大石、ちゃんとごはん食べた?」
俺は大石の頬に手をあてる。
大石は相変わらずふんわり笑って、俺の手に自分の手を添える。
「笑ってごまかしてもダメだよ。大石ったら、可愛い顔してさ」
俺は笑って大石の頬にキスを落とす。
やっと大石は窓のある病室に移してもらえた。
ちょっと前までは、俺が帰ろうとすると暴れて窓から飛び降りそうな勢いだったから、
窓のない個室に閉じ込められていたのだ。
今ではようやく、俺は絶対にまた来るってことがわかったようで、暴れなくなった。
俺が死ぬほど言って聞かせたし、大石は俺の言葉は少し理解できるようだったから。


夕日が差し込む。
「大石、覚えてる?」
俺は大石を抱きしめて話す。
「3年前、こうして夕日が斜めにさしてる中、大石がさ、俺にバカって言ったの」


バカだな、英二
お前、ホントにバカだよ、英二
俺のこと、スキだなんてさ


「ね、おーいし。俺、バカかな」
大石を見ると、やっぱりふんわり笑ってた。
すごく幸せそうな顔で。
俺の腕に抱かれて、大石は幸せそうだった。


「バカでも何でもいいけどね、俺は」
大石がいれば、それでいい。


俺は来年、大石を迎えに来る。


俺は大石をぎゅっと抱きしめる。
絶対に二度と離れはしないように。
この手を離したりはしないように。