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「ね、最近疲れてない?」
「ん、そんなことないよ。どうして?」
「何かそんなカンジ」
思えばあの頃は、前ほど忙しくはなかったはずだ。
部活の引継ぎも終わったし、文化祭が終わってからはクラス委員のほうも
忙しくなかったはずなのだ。
なのに、大石はとても疲れて見えた。



「今日って何の実験やんの」
「しらな〜い」
なんて不二とダベりながら化学室に移動する。
途中で2組の前を通るから、大石の顔を見られるといいなぁなんて思って。

大石は廊下にあるロッカーから何かを取り出している様子だった。
「教室移動か?」
俺と不二に気付いて声をかけてくる。
「そうなの、化学実験だって」
不二が答える。

俺は、会えたのがとても嬉しかったので、ニマニマしてしまう。
大石は不二から俺に目をおとして。
そして、とんでもなく悲しい顔をした。
俺はどきん、とした。


そうして悲しい顔のまま、彼は言う。


君の笑った顔は、花が咲いたみたいだね。
まるで、一輪の花が、ぱあっと開いたみたいだ。


どうしてそんなステキなこと、悲しい顔で言うの?


俺には全然わからなかった。



「大石ってさ、」
不二が化学室に入ってから言う。
「ああ殺し文句を涼しい顔で言ってのけるよね」
「殺し文句?」
「花みたいだなんてさ」
後ろのほうの席はもう埋まっていたので、仕方なく教壇の近くのテーブルに向かう。
「女の子に言ったらすごい喜びそうな言葉じゃない。英二はどう思うの、ああ言われて?」
「んー、そりゃ嬉しいよ、大石は誉めてくれてるんだし。でも…」
「でも、何?」
「うー…」
でも、あんな顔で言われると、悲しいことみたいじゃん。
不二は何とも思わなかったのかな。

教壇の真正面は避けて、その隣のテーブルに腰を落ち着ける。
「最近、大石が変でさ」
「そうなの?」
「うーん、なんだかね」
俺は、下らないノロケ話はよく不二にしてたのだけど、こういう真剣な話をしたことが
なかったから、不二は少し驚いたように身構えた。
きっと話せば何でも聞いてくれるんだろうけど、俺自身が、こういう「何となく感じること」とか、
「肌でわかること」を説明するのが非常に苦手だった。
それに、俺は悩みを口に出すのもあまり得意ではなかった。
不二と俺とはそういう関係だった。
不二は察しがいいから大抵のことは気付いてくれるんだけど。
「うまくいってないってわけじゃないんでしょ?さっきもあんなだったし」
「うん、うまくいってないわけじゃない、と思う」

俺はもじもじと話をしだした。
多分、俺は少し吐き出したかったんだろう。
「どう説明したらわかって貰えるかなぁ。
何がってわけでもなくて、何だか変だなぁって思うんだ。
大石が時々見せる顔とか、言葉とか、そういうの。
優しいんだけど、悲しいっていうかさ。
さっきの顔みたいな」

不二は黒い実験テーブルの上に手を組んで、静かに俺のとりとめのない話を聞いてた。
「なんていうの?上手くいえないけど、大石、俺のこと…
好きじゃないってんじゃなくてさ。
怖がってるっていうのかな、そういう顔するんだよね」
「怖がってる?」
「んー、ちょっと違うかな。あのね、何だか…うまく言えないけど…」
すぐに抱きしめる。
まるで視界から消そうとするように。
「ウワキの心配はしてないんだけどね、大石はカタブツだし」
すぐに目をそらす。
俺を視界に入れたくないの?
「でも、何だか俺といるのが嫌っつーか、苦しそうっつーか…」
何だろ、このカンジ。
愛されてないとは思わない。
むしろ、すごく愛されてるって思う。
でも、苦しそうなんだ。
「大石は何か言わないの?」
「うーん」


英二、俺、ずっと俺の片思いだったらよかったのにって思うよ


そう言ってた。
あれは何だったんだろう

「なんかよくわかんないね」
「ごめん、俺の言い方も、すっごい意味不明かも」
そこで教師が入って来て、俺たちの話は終わりになった。



俺の話はまったくとりとめのないものだったけど、確かに的を得ている部分もあったようだ。
確かに大石は俺を怖がっていた。
と、いうよりも、俺が大石に向ける愛情を怖がっていたのかもしれない。