HENRY/1


「あ、んぁ・・・」
ギシギシとベッドがきしむ音と、切ない喘ぎ声。
俺たちのベッドルームのいつもの光景。
俺たちのセックスの光景。

「あう・・・う、おおいし、イく・・・」
「可愛いよ、英二。おいで」

だけれど中に入っているのは彼の萎えたペニスと、彼の指。
指がなければ俺たちのセックスは成り立たない。

「大石、大石、イくぅ・・・ああっ、大石、大石」
彼は最早ペニスを俺の中から出してしまって、指だけで俺を責める。
ぐちぐちとローションが俺の内壁を練りまわす。
彼の長い指が3本入って、それらがバラバラの動きをする。
不規則だけれど断続的な音。
ぐちゃぐちゃ音がする。

大石は俺の身体を抱える。
よつんばいになって犬のように尻を突き出した俺を抱えて
片手でアナルをいたぶりながら、もう片方の手で俺を優しく撫で、
ペニスをこすり、そして俺の背に口付ける。
彼の大きな胸が俺の腰にはりついて、俺は大石を感じる。
大石の身体を感じる。

「イくっ、大石!大石!!」
俺はそしてイかされる。
彼の指で。




「大石、俺、もうヨくない?」
「そんなことないよ、英二の中は気持ちいいよ」
俺はイったあとのまどろみの中、いつもの質問を投げかけ、彼はいつもの答えを返す。

「大石、俺と一緒にイって欲しいよ」
「うん・・・ごめんな。頑張るから」
「大石のでイきたいよ」
「ごめんな、英二」



最初の頃はこんなんじゃなかった。
大学に入学したあたりから、彼は俺とセックスして射精することが殆どなくなった。

彼は時々俺がセックスしたがっている気配を察するのか、俺の上に覆いかぶさる。
そして囁く。
「英二、今日は出来そうだから」

彼はなかなか勃起しない。
そして、勃起してもすぐに萎える。
俺は長い時間、彼のペニスを咥えて、舐めて、しごいて、そしてやっと半勃ちに
なったところで、目一杯のローションの力を借りて挿入をするけれど、
それでも彼はすぐに萎える。

だから俺を最後まで導く為に、彼は指を使う。
俺は大石のペニスで達したことがここ数年ない。

何故なのか理由は分からない。
彼は俺を愛していると言うし、俺はもちろん彼を愛している。

でも俺たちの身体は離れてしまった。
俺たちの肉体は互いを求め合っていない。
俺は大石を求めるけれど、大石は俺を必要としていない。


「ごめんな、ちょっと疲れてて」
大石はそればかり言う。
彼のセックスはいつでも優しい。
俺の身体中にキスをして、俺を存分に愛撫する。
俺はちゃんとイかせてもらえるけれど。

けれど。

懐かしいと思う。
大石のペニスが俺の中を貫く。
杭を打ち込んだように、身体の中に一本の肉棒が走る。
それが懐かしいと思う。
俺たちは確実に今、一つになっているというその感覚。
大石秀一郎という愛する男と一つにつながって、俺たちは互いに求め合って
つながっているのだというその感覚。
俺たちは身体をいくらつなげても一つにはなれやしないのだけれど、
それでも一つになろうと、狂おしくもがく、その感覚。
それが懐かしい。

俺はイく時にいつでも泣きたくなる。
大石が愛しそうに俺を見て、俺の顔を眺めて、口付けながら俺をイかせる。
事務的で優しい。
管理が行き届いて大変結構、そんな気分になる。

だけれど、悲しいかな、俺はイく。
白い液体をペニスから吹き上げて。




俺たちは違う大学に通うことになった時に、離れていることの辛さに耐えかねて、
互いの両親を説得して一緒に暮らすようになった。
別れるという選択肢もあったのだろうけれど、俺たちは互いに愛し合って
求め合っていたので、そういう発想は全くなかった。
ただ、一緒にいる時間を求めて、一緒に暮らしだした。

俺たちが愛し合ってることは当然親に話していなかった。
互いに「親を離れての生活がしてみたい」という非常に曖昧で、
誰が聞いても子供のわがままとしか思えないような理由で押し切った。

そして、俺たちは2DKの部屋を借りて、一緒に暮らしている。
振り分けの部屋にするから、といいつつも、実際は寝室は1つ。
必ずお風呂は一緒に入る。
夕食も家で。
寝るのも一つのベッドで大の大人が重なり合って。

それが俺たちのルール。


でも、俺たちの関係は少しずつ変わっていった。
どうしてだろう?
相変わらず愛し合っていると思う。
大石は俺を大事にしてくれるし、俺も大石を愛している。
俺たちは互いに求め合っていて、互いに愛し合ってる。
それは俺の幻想じゃないと信じてる。




「大石くん、だっけ、お前の同居人」
「そうだけど」

大学のゼミ仲間にある日、声をかけられた。
こいつはうちにも一度遊びに来たことがあり、大石の顔を見たことがある。

「大石くんって、ちょっと危ない趣味とか持ってるの?」
「どうして」
「昨日、ちょっと変なところで見たからさぁ」
俺は押しつぶされた蛙の断末魔のような声を漏らす。

「どこ?」
「歌舞伎町のSMクラブ」



「どうしたんだ、英二、真っ暗じゃないか」
俺は部屋の電気もつけずにダイニングのテーブルに肘つき、組んだ両手に顔を伏せていた。
どう話そうか、いや、そもそも聞こうか聞くまいか、
それを考えているうちに夜になっていたのだ。

大石が電気をつけたので、部屋が突然ぱっと明るくなる。
「どうした、何かあったのか」

彼はいつでも優しい。
どさっと荷物をそこに無造作に落として、俺の横に椅子を持ってきて座る。

「ん、どうした」
頬にキスをして、俺の肩を抱く。
彼はいつでも俺に優しい。

こんな仕草には耐えられなかった。
俺は今日の昼間に聞いた、友人の言葉を思い返す。


『ぶらぶらしてたら、その店から大石くんが涼しい顔して出てきたんだよ。
店の女の子に見送られて、だけど振り返りもしないし手も挙げなかった。
だけど、ありゃ常連っぽいなって思った。
知らないところから出てきた感じじゃなくて。
初めてのところから出てくると、何となくあたりを見回してから歩き出すだろ、普通?
そうじゃなくて、もうまっすぐに駅に向かって歩いていくんだよ。
すごく奇妙な感じだった。
そもそも風俗が似合わないのに、しかもSMクラブから一人で出てくるってのがさ』


「大石・・・?」
「うん」
俺の伏せた目には涙が浮かんでいた。
顔を大石のほうに向けたことで、彼はようやくそれに気づいたらしい。

「どうしたんだ、英二。何があった?」

俺の頬は大学生になってもまだぷっくりしていて、まるで子供のようだと大石は笑う。
笑うけれど、いとおしそうにその頬をいつでも大きな手で包んでキスをする。

彼は、その頬にいつものように手を添えて、俺の瞼に口付ける。
閉じた瞼から滲み出た涙を唇で軽く吸い取り、俺の頭を自分の肩に押し付ける。

「どうした。話してごらん」
背中をぽんぽんと優しくリズミカルに叩くその仕草は、いつもの大石で。
鞭だか縄だか知らない、わけのわからないことに執心している男とは思えなくて。
俺はわっと泣き出してしまった。

彼はしばらくそうして俺を抱きしめて背中を叩いていたけれど、
なかなか泣き止まないので、そのまま立ち上がって
俺の手を引いてベッドルームに連れて行き、ベッドの上で俺を固く抱いた。
椅子に座って抱き合うよりも、この方がずっと身体が密着するし、二人の距離も縮まる。
俺は俺を泣かせている男の胸に顔を埋めて、すがるものもこれしかないように、
そのまま彼に抱かれて泣き続けた。
唇が横にひきつれて、端がわなないて開き、そこから嗚咽が漏れた。
大石は俺を抱きしめて、頭を撫で、背中をさすり、ほお擦りをしていた。

「お・・・おおいし・・・」
しゃくりあげながらも、何とか言葉を喉の奥からふり絞れるようになるまで
30分はかかっただろう。

「おおいし、おおいし・・・・昨日の夜、どこにいた?」
「昨日の夜って・・・昨日はバイトが終わってから帰ってきただろう?」
「うそ・・・嘘だもん・・・大石・・・歌舞伎町にいたもん・・・」

大石はがばっと身体を起こして、俺の肩を掴んだ。
あまりの急な動きに、俺ははっと大石の顔を見詰めた。

彼の顔は、滅多に見せない形相を帯びていた。
額の横に青筋がたち、眉間に皺が寄っている。
恐ろしい顔をしていた。
俺の見たことのない顔。
大石には俺に見せたことのない、俺の知らない顔を持っているということを、
この瞬間、俺は確信した。
まだ心の片隅に、きっとあの友人の言葉は嘘か見間違いに違いないという
かすかな希望が残っていたのが、脆くも瓦解していくのを感じて、
俺はこの大事な局面に気を失いそうになる。

「英二」
声が低く響く。
その声は俺の腹を通り越して、ペニスの根元を打つ。
「英二、それはどういうことだ。説明しろ」


俺は何故勃起しているんだ?


「大石が・・・歌舞伎町のSMクラブに通ってるって・・・聞いたんだ」
「誰に」
「友達に」


誰か教えて欲しい。
俺は何故勃起しているんだ。


「それをお前は信じたのか」
「今の大石の顔で、信じた」

ふう、と大石は吐息を漏らして、それと同時に俺の肩を掴む手から力が抜けた。

しばらくの沈黙が続き、彼はそれからうつむいたまま、ぼそっと言った。
「ごめん」

この一言こそが決定打だったのに、俺はそれを白々しい思いで聞いた。
そして、俺のペニスは力を失い、へなへなと崩れ落ちていく。
ジーンズ生地の固さと争っていた亀頭は、敗北を宣告する。

「ごめん、黙っててごめん」
彼の謝罪は、あくまでもそれだった。

「ど、どうして」
俺の問いは、二つの意味合いを持っていたのだけれど、
彼はその片方にしか謝罪をしなかった。
それは俺の誤解ではなく、彼も同じように感じつつも
片方に目を閉じているのは明らかだった。

「ごめん」


俺たちはいつでも複数の分岐点を持っていると思う。


「お、俺のこと好きなんじゃなかったの」
「好きだよ、大好きだ。お前だけが大好きだ」
「じゃあ・・・」

「好きだ、英二。俺が愛してるのはお前だけだ」

俺はこの言葉で何もいえなくなる。
訊ねられなくなる。

「だけど、それだけじゃダメなんだ」

訊ねられて問いを出すよりも、自らの口から出すことによって、
彼はこれ以上の執拗な追及から逃れる。
彼はその手法を知っている。
彼は支配者階級に属している人間独特の話し方をする。


だから
彼はサディストなのだ。


彼はもう完全に俺から手を離してしまい、自分の頭を抱え込んでいた。
これが願わくば、俺そのものから手を離してしまうことにつながらないように、
俺は大石の胡坐をかいた膝に手をかけて、おそらくその指に力を入れていた。

「大石、大石は誰かを縛ったり、ぶったり、そういうのが・・・好きなの?」

「好きなんじゃない。好きなんじゃないんだ、英二。わかってくれ」
大石の声は半分泣いたように震える。
「わかってくれ、英二。好きなんじゃない。俺が好きなのは、お前を抱くことだけだ。
だけどダメなんだ、それだけじゃダメなんだ。俺にはああいうことが必要なんだ」

「やめて欲しいって言ったら?そんなの許さないって言ったら?」

彼は口に手を当てて、考え込んだ。
だけど、きっと本当には考えていなかったんだと思う。
おかしな優しさで、考えているふりだけしていた。

「ごめん、やめられないと思うから…」
そのあとの言葉は言わなくても分かる。
俺が分かることも彼は分かっている。

「大石、大石はそうしないと勃起できないの?
だから俺とも最近セックスしないの?」

「したいんだよ、俺だって。
お前の身体は好きだし、お前と抱き合ってると中に入りたいと思う」

大石は顔をようやく上げて、俺を見た。
そのまっすぐな黒い瞳は、いつものように優しくて、俺を好きだと言うのは見れば分かる。
俺は間違いなく愛されているのだ。
そして俺はこの男から離れることなんて出来ないことを自覚する。

「愛してるんだ、英二」
「俺も・・・俺も愛してる、大石」

俺たちは固く抱き合った。
彼の腕の中にこそ俺の居場所はある。
俺はここから出て行くことは出来やしない。

俺はこの男を愛しているのだ。

「愛してる、英二。お前だけだ。信じてくれ。ああいうところに行っても、
俺は絶対に挿入はしていない。ただ・・・ただああいうことをしないと
パンクしそうになるんだ。駄目なんだ」
俺は抱きしめられて、彼の優しい掌で頭を撫でられ、髪を梳られ、
愛を一身に受けながらも、恐ろしい彼の言葉を、どこか冷静な頭の片隅で受け止めている。

奇妙な関係だ。

「何をするの、大石はあそこでどういうことをしているの」
ぐっと喉の奥を鳴らせて、大石は言葉につまる。
胸や頬から伝わる彼の身体の熱が、かっと上がるのが分かる。

そして、彼は勃起していた。
股ぐらの間に座っている俺の腿を固いものが押し上げる。
俺の欲しくてたまらないものが、いまや俺の手の届かないところで興奮し、いきり立っている。

「英二・・・そんなことは訊かないでくれ。お願いだ」
彼の胸に顔をつけているから見えないけれど、俺には分かるのだ。

彼は眉間に皺を寄せているだろう。
彼は少し悲しそうな顔をしているだろう。
そして
彼の口元はいやらしく歪んでいるだろう。
少しく笑っているだろう。

「教えて」
だから俺は彼の背中を押す。



縄で手足を縛る
鞭で叩く
頬を張る事もある

どんなことをしても文句を言わないから
余計にひどいことをしたくなる

だけどしてはいけないこともある
身体に跡を残さないこと
それが絶対なんだよな
それが唯一の不満

別に残したからってあとで見られるわけでもないし
どうだっていいのだけれども




大石はそこで言葉を止める

我に返ったかのように、そしてとってつけたように言う。

「好きなんだよ、お前が。
だけど、ダメなんだ。
ごめんな、わかってくれ」

そして、とってつけたかのように、俺を抱きしめた腕に、
話して興奮したのか、力が緩んだ俺を抱きしめた腕に、
白々しく力を込める。


白々しく
俺を潰さない程度の強さで抱きしめる。

とても白々しい。


そうして夜はすっかり更けた。

告白をしたことで、彼は少しスッキリしたのか、安心したような顔で眠っていた。


許せない。
でも離れられない。


『ごめんな
でもダメなんだ』

ヒドイヨ

すうすう寝息をたてる彼の髪を手櫛ですく。
さらさらしててまっすぐの黒髪。

綺麗な顔。
優しい顔。

ウソツキ

ボロボロ涙が出たけれど、俺は声を漏らさなかった。
起きてこんな顔を見たら彼は何と言うのかと思うと、怖くて。
別れようといわれることが怖くて。





それからは、彼はそこに出かける時には言ってから行くようになった。
『ごめんな、ちょっと行ってくる』

そして帰って来る時には申し訳なさそうに、
だけれどとてもすっきりとした優しい顔をしていた。
『ただいま、ごめんな』

ごめんという言葉は免罪符になりはしない。
だけれど、彼はその事実までも忘れたように振舞った。

実際忘れていたのかも知れない。
実際どうでもよかったのかも知れない。

見せかけだけの安穏な日々が過ぎて
見せかけだけの理解ある俺がいる。

彼は見せかけだけの日常を享受することを決め込んだかのように
柔らかい笑顔と、少しの眉間の皺と、そして優しい「ゴメンナ」。


「今日は何をしてきたの」

「どんな人だった」

「ヨかった」

奇妙な会話だ。

彼はそれにちゃんと答える。

奇妙な関係だ。

「今日はね」

その日にしてきたことを話す。
その口元がだらしなく歪むのを俺は眺める。
そうして俺はその度毎に実感するのだ。
この男から離れられないことを。

あるべきではない顔をまた見せる彼にも俺は耽溺していることを
優しい彼にも
非道な彼にも
俺は二重の情熱を感じているのだ。



すごく不満そうな顔をしていることもある。

「ハズレだったの」

「ちょっとな」

奇妙な会話だ。


「ねぇ、俺がそういうところに行ったら?」
「どういうところ?風俗ってこと?」
「うん」
「英二がそういうところに行くのは嫌だな」

彼はそうして柔らかい笑顔に、ちょっとの眉間の皺を
いつも通りに約束されたかのようにその綺麗な顔面に浮かべる。

「嫌だけど、止められないよな」
「そう」
「うん」

「行かないよ」
「うん」

情けない話だけれど、俺は風俗というものに非常な抵抗がある。
何度か大学の先輩に連れられて行ったりもしたけれど、まったくことを成せなかった。

それは俺も同じだよ、と彼は笑う。

「キモチワルイよな。
とりあえず挿入はしたくないよ、ああいうところで」

奇妙な理屈だ。


そうして彼は
俺にキスの雨を降らせて
俺に愛の言葉を囁いて
俺の身体を愛撫する。


間違いなく愛されていると思う。

だけれど奇妙な愛情だ。


奇妙な恋人たち。