TAKADANOBABA


高田馬場はどういうわけでこんなサラリーマンが多いのだろう
この駅の周辺には大きなオフィスビルがない
なのにサラリーマンは結構な数いる
学生は勿論多いけれども、それは当り前のことだ
サラリーマンは新宿や池袋からわざわざ高田馬場に来るのだろうか
安い酒を求めて
ご苦労様なことだと思う

学生の時分からこの汚くてイモくさい街が好きではなかった
何かと言うと馬場で飲んで帰ろう、という誘いがかかるのを
いつでも何となく避けてきた
安けりゃいいってもんじゃない、と思っていた
そもそも160円の日本酒など、エチルかメチルか分かったものじゃない

この駅は避けて通った
大学も早稲田駅から地下鉄を使って高田馬場を素通りした
ここからドヤドヤと乗ってくる大学生たちを冷ややかに見つめていた

それがここを根城にする日が来るとは
全く人生何が先に転がっているか分からないものだ



駅に近いビルに、朝まで開いている喫茶店がある
薄汚い紅色のソファ、いつの時代のものか分からないゲーム機と一体になったテーブル
天井から吊り下げられたテレビ
ここには日雇い労働者が多くいる
汚い身なりの半分浮浪者のような中年男性がうようよしている
臭い店内で飲むコーヒーは泥水のようだ
ある時間を過ぎると加算される深夜料金を加味しても飲み屋よりは安い
だから飲み疲れて終電を逃して、だけれどお金のないサラリーマンや学生も夜になるとここに集まる
誰もコーヒーなんて飲んでいない
みんな寝ている
タバコの焦げやコーヒーの染みで汚れた紅色のソファの
壊れたスプリングの微妙なバランスの上で眠る

彼はそこで泥水のようなコーヒーを啜っていた
灰皿は30分で既に山盛りになっている
サービスという言葉を知らないこの店は灰皿を取り替えになど来ない

「待ったか」
声に顔を上げると、男が立っていた
「少し」
「少し、か。相変わらずすごい量の煙草だな」
「貴方には関係ない」
男は前のソファに腰を下ろす
「関係ないこともない」
「何故」
「汗がヤニ臭くなる」
彼は肩をすくめる
その仕草を見て男は目を細める

「食事は」
「済ませた」
コーヒーを頼むとソーサーの片隅に乗ってくる小さなビスケットが
半分齧られている
男はその残った半分を口に放り込む
「じゃあ俺もこれで終いだ」

「食べてくればいい。俺はここで待ってる」
「ただでさえ遅刻したんだ、それは出来ない」
「構わないよ」
煙草を手にして、空になっていることに気付いてくしゃっと潰す
「煙草を買ってくる」
「もうやめたらどうだ、それは何箱目だ」
「関係ないと言ってるじゃないか」
ふわりと立ち上がって店のレジに向かう

彼が新しい煙草を二つ持って席に帰ってくると男は彼に話し掛ける
「何か食いに行かないか」
「俺は要らない」
「お前、細すぎるぞ」
上のシールを乱暴に引き千切って煙草を引きずり出す
「お気に召さないなら他をあたってくれ」
百円ライターで火をつける
ジジ、という音のあとにふっくらした唇から吐き出される紫煙
それが顔にかかって男は少し顔をしかめる

「ここにいても仕方がない。行くか」
「ああ」

駅から向かって栄通りの横を左に折れたところに数件ホテルがある
本当に数件しかなく、大きさも大したことのないホテル
いつでも空いている
だからうるさいことを言わない
たとえ男同士であっても受け入れる

入った左手に雑誌の棚があって、少し古い号のマンガ雑誌や週刊誌が並んでいる
思うに、これは客の忘れ物だと男は笑う

男が部屋の指定をしている間、彼はその棚から雑誌を物色する
手にとってぱらぱらとめくって棚に戻し、別のを手にする
無作為に次々と手にして、次々とめくって次々に戻す
「行くぞ」
声がかかった時に手にしていたものをそのまま部屋まで持っていく
「今日は何だ」
「微笑」
「悪趣味だ」
「全くね」

エレベーターのプレートを指でなぞる
「知らない会社だ」
「そうだな」
「落ちないかな」
「さあな」
それでも無事に着く
3階まで上がるのに恐ろしい時間を費やして

エレベーターを降りようとする彼の腕を男は掴んで引き戻す
手にした雑誌が足元に落ちる
固く抱きしめて唇を奪う
「何」
白々しい顔を眺めて、男は笑う
「ムードのない奴だ」
「ムード?」
彼は雑誌を拾う
「そんなもの必要ない」
そしてさっさとエレベーターを降りる



「今日は早めに済ませたいんだけど」
「何故だ」
「この前が遅すぎたから、家族が心配してる」
「家族、か」

彼は部屋に入るなり、咥えた煙草に火をつけて煙草を吹かしながら服を脱ぎだす
愛想もそっけもない仕草で
「お前の家族ってのは何人構成なんだ」
「関係ないだろう」

「恋人の間違いじゃないのか」
「だから貴方には…」

「今度の土曜日、時間ないか」
「ない」
「取りつく島もないな。たまには昼間のお前も見たい。土日で空いてる時を教えろ」
「土日は駄目だ」
「何故」
「家族と過ごす」

「お前はこれでその家族を養ってるのか?」
「養えるほど稼いでない」
「言うな、結構払ってると思うんだが」
「そうだね、結構な額を頂いてるよ」

「今度のプロジェクトが終わったら休みが取れる。平日ならいいんだろう。どこか一泊で出かけないか」
「泊まるの?」
「そうだ、小さな旅行をしよう」
「旅行か…」
一瞬彼の顔が優しくなる


そう言えば一緒に住むようになってから英二と旅行をしていない
少しお金もたまってきたし、どこか連れていってやろうか
どこがいいかな
そうだ、この前テレビに北海道が映った時に言ってた
「俺、北海道って行ったことないんだ。一度行ってみたいな
それでね、言うんだよ、北海道はでっかいどうって!!」
あまりの馬鹿馬鹿しさに二人で笑った
抱き合っていつまでも笑ってた
そうだな、そういうのもいいな
二人でレンタカーでもしてゆっくりあちこち回って
ただ大きいなと感じるのもいい
誰も知っている人がいないところで、ゆっくり過ごしたい


「どうした、そんな顔をして」
男の声ではっと我に返る
途端に顔が引き締まる
「時々そういう顔をするな。誰のことを考えてる。家族か、恋人か」
「誰でもない」
ふいと顔を背ける
「とにかく旅行は無理だ。家は空けられない」


帰らなかったら英二が心配する
この前うっかり寝てしまって帰りが朝になった時、そっと寝室に入ったら
布団の中で泣いていた
まんまるになって、ひくひくしゃくりあげて
もう朝の5時だったのに
「ごめん」と声をかけると、びくっと震えて、それからもぞもぞして
布団から顔を出した
「おかえり、眠っちゃってたよ」と笑った
真っ赤な目をして、無理矢理笑った
もうあんなのは嫌だ


「一言外泊すると言えば家族も心配しないだろう、子供じゃないんだから」
「俺が家をあけたくないんだ。もういいじゃないか、とにかく無理だ。
それに、そういうことは契約に入っていないはずだ」

かなりの金額で買われているのは、他に客を取らないという約定の為だ
ただしプライベートにおいてはこの限りでないという条項もつけた

「あの可愛らしい青年か」
ぎょっとして振り向いてから、唇を噛む
しかしもう遅かった
「やはりそうか」

「プライベートには口を挟むな、そういう約束だ」
「分かっている。だからこそ声はかけなかった」

困惑を隠すように煙草を何度もせわしなくふかす
「…どこで見た」
「新宿の伊勢丹。紳士服売り場だ」
「ああ…」


あの時だ
英二のお姉さんの出産祝いを買いに出かけた
一緒にベビー服を見て
それから英二が俺にもう少しマシな服を買うのだと言って
紳士服売り場を引きずり回した
「大石、これなんかどう?」
「これもカッコいいよ」
「ねぇ、どっちの色が好き?俺はこっちがいいかなって思うな」
嬉しそうに色々俺の顔にあてて服を選んでた
「いいよ、そんなの買っても着ていくところもないし」
「ダメだよ、2,3着しか持ってないなんておかしいもん」
確かに俺は本当に服を殆ど持っていない
痩せてサイズが合わなくなって、今は持っている中でも細身のものを
ベルトでしぼって腰にひっかけて履いている
英二はそれが嫌なのだと言う
「それで充分なんだってば」
「やだったら。あんまりみっともないと連れて歩いてあげないよ?」
「それは嫌だな」
更衣室に閉じ込められて、後から後から服を持ってこられて次々に着替えた
「疲れたよ、もう勘弁して」
と笑うと、更衣室のカーテンから首がにゅっと入って来てキスをされた


「楽しそうだった。あんな楽しそうな顔もするのかと驚いた」
「もういいじゃないか、その話は」
彼は苛ついた仕草で煙草を灰皿に押し付ける
それからまた一本咥えて、ライターに手を伸ばす
つい、と手が伸びて、彼の口から煙草をかすめとった

「邪魔してやろうかと思った」
男はその煙草を自分の口に咥えて、灰皿の横にあるマッチに手を伸ばす
「あんな顔は俺には絶対に見せないのかと思うと悔しくなった」
マッチはいつからそこにあったものか、湿気てなかなか点火しない
苛立った仕草で何度も擦る
「何も知らないあの青年が憎らしくなった。何もかも知らせて絶望ってものを教えてやろうかと思った」
「それは…!」
彼は立ち上がる
男はそれを冷ややかに見つめる
「契約違反、だろう?わかっている」
マッチを放り出して、彼のライターに手を伸ばす
「分かっている。そんなことをしたら二度とお前に会えなくなることも」
薄暗い灯りが男の顔を照らした
「俺にはそんなことは出来やしない。今はな」

「…煙草、嫌いなんじゃなかったのか」
「ああ、嫌いだ」
ふう、と胸一杯に吸い込んだ煙を吐き出す
「こんな小道具があるからお前はいつまで経っても俺の手に落ちない」
「なくても落ちないさ」
「どうかな」

彼は震える手で煙草をまた取り出して火をつける
しばらくタバコが燃える音と深い息の音が静かに交錯した

「お前は甘い。俺が脅迫者に転じたらどうする気だ」
「そうだな、考えてなかった」
「あの青年は何も知らないんだな」
「ああ」

しばしの沈黙
彼は煙草を根元まで吸いきると、灰皿に押し付ける
次の煙草を取ろうと手を伸ばして、箱を取り落とした

「頼む、あいつには黙っててくれ」
沈黙に耐え切れなくなって彼は懇願する
まだ若い彼には、この駆け引きは重過ぎた
「あいつに捨てられたら、俺は…」
顔を覆って俯く

「そんなに大事か」
憎々しげに言って、煙草を灰皿に投げ捨てる
燃えさしの煙草は小さな紫煙を上げ続ける
「あの青年がそんなに大事か」

顔を覆った手の指の隙間からくぐもったか細い声が響く
「俺の全てだ」


「無職の男なんかと一緒に暮らしてていいのか。先がないぞ」
笑いかけると、真剣な顔をして膝の上に乗ってくる
「そんなこと言っちゃダメだよ」
彼の頬を両手で挟みこんで額をくっつけて目を覗き込む
「大石は今まで一生懸命走ってきたから、少し疲れちゃったんだと思うんだ
人の何倍も努力して、我慢してきたのを俺は知ってる
俺だってお前に助けられて励まされてここまで来た
今はお前が休んで、俺が頑張る番だよ
だから先がないなんて言わないで
もし一生もうお前が頑張れないとしても、俺が頑張るから
だからずっとずっと続いていくよ
俺たち、ずっと一緒だよ」


「あいつがいないと俺は生きていけない」

「憎いな」
男は彼の肩に手をかける
「だが、それは俺がお前に求めているものとは違う」

鉄面皮を決め込むには彼はまだ青すぎた
一度崩れると、落ちるのはあまりにも早い

平気なふりをすること
どうでもいい顔をすること
最初から最後まで貫くしか手段を持たない
途中で崩れた顔を修復する術を持たない
残酷な若さ

「来い」
腕を掴まれて、彼は子供のように脅えた
「い、いやだ、離せ」
「契約はどうした。月上限4回、平日の9時以降ならいつでも俺の求めに応じる約定になっていただろう」
「いやだ、今は嫌だ」
抵抗は空しかった
男はラグビーでならした頑強な肉体で痩せ細った身体を蹂躪する
上半身裸の細い身体を抱きかかえてベッドに運ぶ

「嫌だ、離せ」
「大人しくしろ」
ベッドにうつ伏せに落とされて、上にのしかかられても尚もがく

「嫌だ、助けて」
腕をいっぱいに前に伸ばす
手のひらが助けを求めて動く
「観念しろ、お前は今、俺のものだ」
「嫌だ、嫌だ、助けて!英二!」
声の限りに叫んだ
けれども虚しく壁に吸い込まれる

「英二というのか、あの青年は」
伸ばした腕の手首を力いっぱい握り締める
「英二はお前を助けには来ない。お前を今助けられるのは俺だけだ」
ぐいっとひっぱり、身体を仰向けに反転させる
「俺はお前の名前も教えられていない」

大きな瞳
痩せて頬の肉が落ちた今となっては、更に瞳が大きく見えた
その瞳にいっぱいの涙を浮かべて荒い息を吐く

「教えるもんか」
「教えろ、さもないと勝手に名前をつけるぞ」
「お前になんか決められたくない」
「じゃあ教えろ」
「嫌だ。俺の名前は英二にしか呼ばせない」


大石の名前ってすごく大石らしいよね
俺、大好きだよ、大石も秀一郎も
時々秀一郎って呼びたくなるけど、テレくさくて出来ないな
だけどね、しゅう、とかって略すのは嫌なんだ
だってお前ってすごく秀一郎なんだもん
俺はお前の名前が大好きで、俺にとって特別な呪文みたいなんだ
嫌なことがあっても、お前の名前を書いたらそれだけで幸せになれる
お前の名前を呟いたらそれだけで元気になれる
俺の特別なおまじない


「調べるのなんてわけないぞ」
「勝手にすればいい。だけどお前が呼んでも俺は返事なんかしない」
「いい加減にしろ、子供みたいに」
「うるさい、俺はお前みたいに老獪じゃないんだ」
両手首を頭上に押さえつけられて、それでも抵抗して身体を捩った
裸の上半身はあばら骨が浮き出て、腹部はえぐれている

「大石、だろう」
頭の中心でゴキッと鈍い音がした気がした

「・・・ああ、あの時に聞こえたのか」
「あの青年、英二、か。彼がそう呼んでいた」

「そうだよ」
ふっと力が抜ける
「そうだ、俺の名前は大石秀一郎だ」

「どうした、もう抵抗しないのか」
「もういい」
ぐったりと力を抜いて目を閉じる
「もういいんだ」


いつものことだ
そう思えばいい
いつでもこうして目を閉じて、ことが終わるのを待つ
どんなに苦しくても、どんなに痛くても、どんなに屈辱的でも
俺は目を閉じて英二のことだけ考える
金が入ったら英二に何を買ってやろうか
今度の土曜日には二人で何をして過ごそうか
こんなことを言ったら英二はどんな顔をするだろうか
何をしたら喜ぶだろうか
そうやって英二のことだけ考えよう
そうすればすぐに終わる
苦しいのも、痛いのも、屈辱的なのも、すぐに終わる
終われば帰れるんだ
英二のところに帰れる


どうして俺は他の道を選ばなかったのだろう?


ぐったりした彼の身体を男は優しく抱きしめる
「すまない、ただお前の名前を呼びたかったんだ」
唇を重ねてこめかみを愛撫する
「お前の許しが欲しかったんだ」

彼は固く目を閉じたまま返事をしない
ただ夢見ていた
家に帰ること
帰って恋人を胸に抱くこと

「抱けよ」
腕を下ろして自分のジーンズのファスナーを下ろす
「俺を抱け」
男のシャツのボタンを外しながら、身を捩ってジーンズを脱ぐ
ネクタイを外し、ズボンを引き下げると男のペニスは既に勃起していた
「早く」
身体を擦り下げて男のペニスを口に含む

「秀一郎・・・」
男は彼の名を恍惚とした表情で呼ぶ
「秀一郎、秀一郎」
口いっぱいにペニスを頬張った顔は一層頬がこけて見えた
俯瞰したその顔は、少し死臭がした

ぶちゅぶちゅとわざと音をたてて口に出し入れする
こうして聴覚的にも男を導くことで、早く終わらせたいという意図が彼にはあった
だから、いつでもフェラチオをする時には音をたて、淫らな顔をする

「秀一郎、お前は色んな顔を持っているな」
男はうっとりとその顔を眺める
「優しい顔はないのかと思ったけれど、それも持っていた」
聡明そうな額に指を滑らせる
「お前は俺が知らなかったものを沢山見せてくれる」

愛の言葉など聴いていない
彼の求めているものはそんなものではなくて
早くこの場が終わること

男のペニスは一層大きくなり、彼の口には入りきらなくなった
彼は口からペニスを出して、先をちろちろ舐めながら手で扱く
この男が自分の顔を見ていることを十分に知っていた
よく舌の動きが男から見えるようにふるまった
時折、大きく舌を出して、根元から先端に向かって舐め上げることも忘れない

「秀一郎、上手くなったな」
男はペニスの先から粘液を分泌させて呻く

このまま口の中で射精してくれたらどれだけ楽だろうかと思う
しかしこの男は絶対にそれをしない
ある程度高まったところで彼の身体を犯すことを欲する

「秀一郎、尻をこちらに向けろ」
彼は脱ぎかけのジーンズを足首から離して、男に背を向けて四つんばいになる
唇を噛みしめて、これから襲ってくる痛みに耐える準備をする

「小さな尻だ」
男はそれを撫で回す
「力を抜け、秀一郎。痛いのはお前だぞ」
睾丸の後ろからアナルに向かってゆっくり撫で上げる
彼は震える
骨ばった背筋をそらせる
脇腹が大きくえぐれる

男は自分の鞄から小さなプラスチック製の小袋をだす
黄色い液体が中に見える
その上方についている突起をひねりちぎると、中から黄色の液体がぷっくりと水泡を作る

男はそれを搾り出し、手のひらにとる
自分のペニスに塗り、残りを彼のすぼまったアナルに塗りこむ
「う・・・」
「力を抜けと言っているだろう。中まで塗りこんでやるから」
「ううっ、う、うあ・・・う・・・」
男の指がローションの助けを借りて、彼の絞られたアナルに侵入する
彼はその不快感にたまらず呻き声をあげる
「力を抜け。何度言ったら分かるんだ」
「う・・・」

何度も男と彼は身体を重ねているにも係らず、彼はいつまでたってもうまく力が抜けない
いつまでたっても男を受け入れるのに激痛を伴う

「入れるぞ。いいか」
彼は返事をしない
声をつめてるのに必死で、唇を噛みしめ、喉をしめて息を抑えている

男のペニスがアナルに触れた瞬間、彼は肩をぐっといからせる
そして侵入
声を何とか抑えようと喉を絞るけれど、それにも限界があった
「ううう・・・」
「痛いか」

「うっ、う、う、う」
深く突き入れられるたびに苦悶の声が漏れる
小さくなって股間で縮こまったペニスが、この声が快楽によるものでないことを示す
枕に顔を押し付けて目を固く閉じて耐える
「うううう・・・う、う」


「英二、俺に入れられて痛くないか?」
突然訊いたので驚いた目をして見返す
「どうしたの、大石」
「いや、だって受け入れる為の器官じゃないだろう。痛くないかって心配になったんだ」
「痛くなんてないよ」
ちゅっと鼻の頭にキスをする
「って言うか、すごく気持ちいいよ、大石とスるの」
「どうして」
「どうしてって…そうだな、多分受け入れたいって気持ちがカラダにも分かるんじゃないのかな」
「受け入れたい?」
「うん、大石と一つになりたい、大石の全部がほしいって思うから、多分、ちゃんと・・・
お尻が開いてくれるんだよ。おいで、って」


これが終われば帰れるんだ
英二のところに帰れる
そうしたら鼻の頭にキスをしてくれて
俺におかえりって言うんだ
嬉しそうな顔をして
俺を受け入れてくれるんだ
これが終われば
この男が俺のアナルに射精さえすれば


「ううううっ、うっ、うう、う」
「苦しいのか、力を抜け」
男は腰の動きを止めて心配そうに声をかける
腰から尻にかけて大きく撫でさする
「だ、大丈夫だから、早く・・・」


頼むから早く射精してくれ
俺の中に流し込んでいいから
そうしたら帰れるんだ
頼むから早く
痛くてもいい、終わればそれでいい


アナルがぎゅっとすぼまる
男はちょっと顔をしかめる
「きついぞ、秀一郎、少し力を抜いて緩めろ」
腰をさすると少し緊張がほぐれた
「そうだ、力を抜け」
そして再びゆっくりと突き上げる
彼はまた苦悶の表情が張り付いた顔を枕に押し付ける
声をなるべく漏らさぬように


一緒に暮らし始めてしばらくしてのことだった
英二は会社に出てしまって、家にいても寂しいだけだった
恋人の名前を声に出しても、返事はない
虚しく寂しい
会いたい、今すぐ会いたい
そう思うと、うずうずする身体を押さえられなかった

ふらふらと会社の前まで歩いていった
昼に家を出て、会社に辿り着いた時にはもう夕方になっていた
あのビルだ。6階だって言ってたっけ
そう思って下からいち、に、と数えて6階の窓を眺める
ブラインドが降ろされている窓を眺めた
あそこにいるんだ
そう感じただけで幸せな気分になった
ずっと窓を見ていた
夕方もくれて窓から灯りが漏れてきても、ずっとその窓を見ていた
どのくらい立ち尽くしていたのだろう
声をかけられて我に返った
「大石!何してるの!」
何時の間にか表玄関のシャッターが閉まっていて、通用口から英二が走って出てきた
「どうしたの、どうして」
はぁはぁと息をつく
「ブラインドを開けに窓のところに行ったら見えて、びっくりして…どうしたの、何かあった?」
「何も」
悪いことをしていたわけではないけれど、ビクビクと答えた
「何もって…どうして来たの」
「何もないんだ、ごめん、来てごめん」
「大石、待って」
「俺、俺帰るよ、ごめん」
後ろに残して走った
走れなくなるまで走った
初めて見る顔だった
あんな顔は見たことがなかった
家にいる時にはもっと優しい顔をしているのに、先刻の顔はまるで別人だった
息が切れて、走るのをやめた
荒い息をついて、膝を折った
そして涙をこぼした

どこをどう歩いたのか、家に辿り着いたのはもう夜中の3時をまわっていた
家に先に着いていた英二は、彼が帰ってくるなり彼を殴った
「心配したんだから!」
拳で胸を殴って、殴って、それから抱きついて泣いた
「どこ行ってたんだよ、急に走って行っちゃって、どこほっつき歩いてたんだよ、俺、
あれからすぐに荷物とって戻ったけど、どこにもいなくて、家に帰ってきてもいなくて、
もう一度会社まで往復して探して、だけど見つからなくて、これ以上どこ探していいか分からなくて、
心配で心配で…」
「ごめん…お金持ってなかったから…」
「会社まで歩いてきたの?」
「うん…ごめん、もうしないから。ごめん」
英二を抱き返すことが出来なかった
どうしていいか分からなかった
先刻会社の前で見た険しい顔を思い出した
もう行くまいと思った
もうあんな顔は見たくない
家で待っていよう
早く帰って来ないかなと考えながら
帰ってきたら何を言おうかな、とか
帰ってきたらどんな風に抱きしめよう、とか
帰ってきたらキスをしたいな、とか
そんな風に一日中考えていよう
英二のことを考えていれば時間なんてあっという間だ
煙草を次々と吸って、ここに座って、ずっと考えていれば
すぐに帰ってくる
そうしたら優しい顔で俺だけ見てくれる
俺だけの英二でいてくれる


「うあっ、あっ、あ、あ、あ」
「秀一郎、力を抜け」
「早く・・・おねがいだ・・・あっ、あああ」
息が熱い
痛くて気絶しそうになりながらも、突き上げられるたびに覚醒する
「あ、ああああ、あ、おねがいだ、はやく・・・」


早く終わってくれ
頼む
痛い、痛い、痛いよ、英二
英二
英二、愛してる
愛してる、英二
これが俺の呪文
英二、英二、英二、
英二、お前に会いたい
英二、お前を抱きたい


「あああ、あ、あ、あ、あ」
「秀一郎、好きなんだ、お前が」
背中に口付けの嵐を降らせる
「お前の顔が見たい」
ずるりと一度抜いて、彼の身体を仰向けに横たえる

「はぁ、はぁ、あ・・・」
股間から血が滴る
仰向けになって股をひらかせると、流れ出た血液とローションで股間がベタベタに濡れている
男は股間に跪き、それを舌で優しく舐め取る
ローションは甘い匂いがしたけれど、舌の上に乗せると鉄の匂いが鼻に抜ける
彼はそれを見ていない
目を固く閉じる

「もう少しローションをつけてやろう」
男が鞄の方に身を傾ける、その腕を彼は掴んだ
「いいから、早く・・・」
「痛いぞ」
「痛くてもいい。早く終わらせてくれ」

男は悲しい目をして彼を見る
「痛くてたまらないんじゃないのか。どうして自分を助けようとしないんだ」
「いいから、頼む、早く入れてくれ」
身を股間に落として、足を高々と持ち上げる
「お前を守ってやりたい」
ペニスを突き立てる
「俺がずっとお前のそばにいればこんなことはさせない」
腰をゆっくりと沈める
「一緒に暮らせればセックスなんてしなくてもいいんだ」
皮膚がひきつれる
「お前が俺のそばにいさえすればそれでいいんだ」
苦悶の息が漏れる
「どうしてお前は役にも立たない男のそばにいたいんだ」
腰を突き動かすたびに薄っぺらい腹筋が動く
「あの青年はお前に何をしてくれているというんだ」

「うあ・・・う、うあっ、あ、あ」
男の囁きなど聞いていない
ただ頭の後ろの枕を掴んで、端を握り締める
「あ、あっ、あ、あ」
細い喉が上を向く
頭が枕にめりこむ
「あ、あ、お願いだ、早く、あ、あああ」
目を固く閉じて顔の側面を枕に押し付ける

男はピストン運動の末、細い尻に強く腰を押し付けて、彼の中に体液を流し込む
「秀一郎・・・」
「あ・・・ああああ」
体内で跳ね上がるペニスの衝撃に、彼は絶叫して気を失った


だめだよ、ご飯食べなきゃ
こら、また煙草ばっかり吸って
んー、もう!だめだよ、くっついても
キスしたって誤魔化されないよ
もう、大石ったら
子供みたいな顔して
・・・大石?どうしたの?どこか痛いの?
ちゃんとつらいことあったら俺には言ってよ
俺は大石の家族なんだよ
大石とずっと一緒に生きていくんだよ
ね、大石。俺の大石


頭を優しく撫でて誰かが自分に添い寝をしている
そんな感触でうっすら意識を戻す
「英二・・・」
その胸にすがりついて、感覚の違いに彼は我に返った
電気が走ったように身体を離す
「俺は英二じゃないぞ」
男は笑う

「帰らなきゃ・・・」
彼は男と反対方向に寝返りをうって身を離す
痛む身体を無理矢理に起こそうと腕を踏ん張る
足を動かすと血が流れ出た
「もう少し横になっていろ、血が止まってから帰ればいい」
「いやだ、帰る」
ベッドの軋む音が彼の身体から出ているようにも聞こえる
ぎちぎちと四つんばいになって身を起こした
白くて細い太股を血が伝う
ぐっと臀部に力を入れるたびに血が溢れ出る
「動くな。今日は特に出血がひどい」
男は彼の細い腰を抱えてシーツの中に戻そうとする
彼はその腕を振り払う
「もう終わりだ。一度射精したら、その晩はもう貴方に拘束権はないはずだ」
「そういうことじゃない。俺はお前が心配で言ってるんだ」
「俺は帰りたいんだ。ここから出たいんだ。貴方に止める権利はない」
ベッドから降りようとして、膝が崩れて頭から床に落ちる
男は慌てて助け起こすけれど、その手も振りほどく
「触るな、俺は帰るんだ」

もつれる細い足を折り曲げて下着をはき、服を身につけていく
指が震えてシャツのボタンがはめられない
男は見かねて手を出すが、それも振り払われる
「いい、しめないで帰る」
「いいのか、恋人にそんな姿を見られても」
言葉につまった彼の胸ボタンをはめていってやる
「悔しいな、恋人のところに帰してやるための手伝いをするとは」

そして、男は自分も着替えを始める
その間、彼は洗面所で顔を冷たい水でじゃぶじゃぶと洗う
はぁ、と大きく息をついて顔をあげて濡れた顔を鏡に映す

落ち窪んだ大きな黒い目
その下のくま
頬を縦断する深いしわ
半開きの唇


どうしてこんな俺を愛しいと言うのだろう
死神みたいだ


痴呆のように口を開けて鏡を眺める
その視界に男が入ってきて、彼は急に顔を引き締める

「ここに入れておくぞ」
無造作に札束を尻ポケットにねじ込む
そして首筋にキスをする
「これ以上のことをしてやりたいが、お前は嫌がるんだろうな」
洗面台に手をついて鏡の方向に前のめりになっている彼の細い身体に腕をまわす
「俺がそばにいられれば・・・」
「ありえない」
ふいと身を翻してドアに向かう
よろよろよろめきながら
「おい、本当にもう少し休んだらどうだ」

「帰るんだ、俺は・・・帰るんだ」
あいつのところに
あの優しい腕の中に

「タクシー乗り場まで連れて行ってやるからしっかりしろ」
肘を支えた手を殴り付けるようにして振り払う
自分のその勢いと、支えを失ったことでよろけた
「触るな」

「大丈夫だ、大丈夫だから」
よろめき歩き出す
「おい」
「俺にかまうな」
「家に着いたら電話しろ。待ってるから」
「するもんか」

「おい、俺は待ってるからな!」

そう叫ぶ男を後に残して、よろよろと栄通りに出る



もう1時前だというのに、かなりの人出だった
ゲームセンターの電球がチカチカ光って彼の目を眩ませる
酔った学生たちが路上の自転車を塀の向こうに投げ入れている
赤ら顔のサラリーマンが肩を組んで駅へと向かう
八百屋の前の張り紙の前で学生が大騒ぎをしている
いつもこの店はプロ野球の結果を張り出すからだ

彼はぽかん、と口を開けて、突然眼前に現れた状況を眺めた
あまりにも世界が違った
ここと一本筋違いなだけなのに
そして、額に手をあてて空を仰いだ
「は…」
口から笑いが湧き出た
そして止まらなかった
「は…ははは…はははは」



ふらふらと一件の店に入る
ビールを薄めているとか、メチルアルコールを使っているとか、
そんな噂の立つほど値段の安い店だ
お通しには目もくれず、運ばれてくる日本酒をガブガブと飲んだ
一杯160円の安酒を何杯もあおった
3杯目で嫌な匂いのゲップが出た
9杯目で涙が出た
傷だらけでふちの欠けたカップを両手で握って泣いた


会社って8時で空調が止まるから、それから殺人的に暑くなるんだよ
やんなっちゃうな
そう言ってた英二に、ふと思い付いて扇子を買って渡した
たった2000円の安物の扇子だったのに、ひどく喜んだ
「嬉しい。すごく嬉しい。大事にするね。絶対他の人には使わせないよ
これで残業してても嫌じゃないよ。だって大石が扇いでくれてるんだもんね」
本当に嬉しそうに笑った


帰ろう、と立ち上がった
膝が笑ったけれども、よろめくようにして歩いた
尻ポケットの金で今度は何を買ってやろうかと考えた
とりあえず帰ったら謝ろう
遅くなったこと
心配させたこと


酷い匂いにタクシーの運転手は嫌な顔をしたけれど、乗車拒否はせずに行き先に向かう
後部座席で流れる景色をただ見ていた



帰ったらまず謝って
それから英二とセックスをしよう
あのしなやかで優しい腕に包れて
あの柔らかくて優しい身体の中に入ろう

それで大丈夫だ
きっとうまくやれる
きっとうまくいく






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