U ARE THE SEX MACHINE / MISTRESS


「つまらなそうな顔ばっかりするのね、秀一郎」
返事がない。
それでもとりあえず顔はこちらに向ける。
「わたしといるのは嫌?」

彼は、ふ、と笑ってテレビに目を戻す。
下らない、とでも言いたげなその態度が憎らしい。


彼はまだ15の少年だ。
わたしはもう27になる。


「何を見てるの」
「ニュース」
「何か目新しい話題はあって」
こちらに目を向けて笑う。
「世はすべて事もなし、ってところかな」

「知ってるの、その詩」
「普通は知ってるんじゃないの」


わたしが15の頃、それを知っていたかどうか、もう忘れた。
それくらい、わたしはもう歳をとった。


彼はホテルに備え付けのソファに腰掛けている。
ふうっとため息をついて、背もたれに頭を乗せる。

「そらで唄えて?」
「お望みなら」

彼はその詩を口ずさむ。
雲雀のように。


学生服の白いシャツが目に痛い。
詩を唄い終わると、彼は口をつぐみ、また画面に目を戻す。
わたしの感想や、わたしの言葉を必要としない。


「神、そらにしろしめす」
ともう一度誰にともなくそらんじて、
「人は死ぬね」
ぽつりと呟く。

「そうね、いずれ」
「貴女はいつ死にたい」
彼が問い掛けるのはとても珍しいこと。

「そうね、今でもいいわ」
君と一緒なら、という言葉は呑み込む。

彼にはわかっているのだと思う。
わたしが彼に夢中なこと。
わたしが彼を愛していること。

「俺はいやだな」
テレビの光を顔に浴びて、微動だにせず、彼は言う。
「俺はまだ死にたくない」

「秀一郎はなにものにも執着していなさそうに見えるけどね」
わたしの言葉にも振り向かない。
綺麗な顔。
冷たい顔。

「貴女にはそう見えるのかもね」

綺麗な顔。
冷たい顔。


「身支度は済んだ?」
腰をあげる。

「ええ、いいわ」

そうして彼は無造作に部屋の隅に放り投げられたスポーツバッグを手にする。

「また連絡するわ」
「そう」

つけたしのような返事。


わたしはハンドバッグから四角の包みを取り出す。
「秀一郎、この前言ってた時計」
「要らない」

「いいじゃない、別に時計くらい」
「要らないよ」

「遠慮してるの」
「そうじゃない」

「そんなもの俺がしてたら周りが変に思う」
わたしに背を向けて靴を履く。
「売りに出して万引きだと思われるのも面倒だしね」





この少年を初めて拾ったのは、雨の夕方のことだった。
傘を持っていなかったこの少年は、雨の中をずぶぬれになって歩いていた。
前をかっきり睨んで、歩いていた。

急に振り出した雨に、みんな駆け出していたのに。

「濡れるわよ、乗っていかない?」
車から声をかけると、不思議そうに振り返った。

「いえ、結構」
そうして微笑んだ様が美しかったのを覚えている。
「もう充分濡れているし、せっかくの車がびしょぬれになる」

「いいから」
殆ど無理矢理に車に連れ込んで、それから少し話をして、それからホテルに行った。


「何年生?」
「3年」
そう聞いた時には、高校3年なのかと思っていた。
何回目かの逢瀬の時に、中学生だとわかり、わたしは青ざめた。

でもその頃にはもう泥沼にはまりこんだかのように、この少年に耽溺していた。
逃れられなかった。



連絡はいつもこちらから。
わたしの夫がいない時をみはからって電話やメールで連絡をした。

時々、秀一郎が断ってくることもあったが、その言葉は大変にそっけないものだった。
「その日はダメだな」
その一言だけ。


そして、秀一郎は絶対にホテルのタオルを使わない。
匂いがするから、と言う。
そして部活で使った汗臭いタオルを出す。

「誰かいい人にばれるから?」
と茶化しても、返事をしない。


わたし以外にもこうして寝ている人間がいるのは確実だった。
それは男なのではと疑うこともあったが、答えなかった。
彼は束縛されるのを異様に嫌った。
わたしとて、人を拘束できる立場ではなかった。


そして、彼はまた、身体に触るのも触られるのも嫌がった。
殊更に、わたしにの性器に触れることと、フェラチオは完全に拒否した。

「キモチワルイ」

その一言で拒絶は充分だった。
ある意味、それは大層失礼な言い草だったのだけど、わたしは何となく赦した。
彼にはそれ以上の魅力があったのだと思う。


彼のセックスはいつでも淡泊だった。
けれど、彼は非常に巧みで、いつでもわたしを満足させた。
前戯をしないことを考えると、これは驚くべきことだった。


「秀一郎の初めての女性ってどんな人だったの」
ときくと
「貴女と似ているよ」
と、備え付けの冷蔵庫から出したウーロン茶のプルタブを開けながら答える。
「年上だったの」
「そうだね」
「どのくらい上だった?」
「知らない」
そうして、冷たい飲料を喉に流し込む。

「ナンパされたの」
「ゴーカンに近かったな」
「何歳の時」
「中1」

手を伸ばすと、飲みかけの缶を渡してくれる。
でも、わたしが飲んだあと、絶対に彼は口をつけない。

「その時、驚いた?」
「少しはね。でも…」
「でも?」
「…なんでもない。喋りすぎたな」


彼は嘘はつかない。
とても正直だ。
だけどとても冷たい。


ゴムを2重につける。
わたしが手を伸ばすと振り払う。
キスはしない。
乳房には申し訳程度に触るだけ。
身体を密着させる体位を嫌う。

彼とのセックスはいつでも淡泊だ。
だけれど彼は巧妙にわたしを頂点まで導いていく。




しかし、わたしはもう二度と彼に連絡を取ることはない。




あの日、ホテルから出たところを、青学の教師に見つかった。

「大石、お前…!」
絶句する若い男性教師に正面から向き直る秀一郎。
わたしを背に庇って。
「すみません」
「大石、お前がか。まさかお前が…」
秀一郎はふてぶてしいとも言えるほどに堂々と頭をさげた。
「現行犯ですから、言い訳は何も出来ません」
「大石、そちらの方は…」
「すみません、お答えできません」
秀一郎は教師の胸に手をあてた。
「彼女は勘弁してください」
「しかし…」
教師はそれでもこちらに回り込もうとする。
秀一郎は教師の胸を腕で押さえて、もう片方の手でわたしの背中を押した。
「走れ」



彼はわたしを庇った。
わたしは、それだけで、これからも生きていけると思うのだ。