U ARE THE SEX MACHINE / KUNIMITSU


「顔をそむけるな」
顎をつかんで、自分の方に向かせる。
「何故俺を見ない」

いつもこうだった。
斜め下に顔を背けて、決してこちらを見ない。
目を伏せて苦しそうな顔をする。

絶対に口を開かない。
一言も口をきかない。
声を出したのを聴いたことがない。

「こっちを見ろ」
伏せられた目が一瞬こちらを見て
それからまた伏せられる。

顔をこちらに向けさせても、目は自分を見ない。
黒くて長いまつげに覆われてしまう。

「俺が嫌なのか」
聞いても答えない。

ただ目を伏せる。

「返事くらいしたらどうだ」

虚しい。
その虚しさが一層執着心をあおるのも事実。





そもそもの始まりは2年の夏休み。
暑い日だったように記憶している。

「宿題終わった?」
「ぜーんぜん!」

部の試合や練習で、宿題に全く手をつけていないテニス部員たちも、
さすがに8月下旬には焦り出す。
手分けして宿題をしようと提案したのは不二であったか、菊丸であったかは忘れた。
とにかく、当時の2年の主力メンバーたちは、手塚の家に集合し、
宿題を片づけてしまおうということになったのだ。


「俺、数学とかの担当は嫌だ」
「英二に数学まかせる気になる奴はいないから安心しなよ」
「にゃんだよ、それ!」

ごたごたしがちなメンバーに科目を振り分けて、実務上の指揮をするのは、
当時から大石の役割だった。



各自、与えられた科目の宿題をせっせと解き始める。
終わった者は読書感想文など、人の物を丸写しするわけにはいかない
ものの作業にとりかかる。
そうして何とか共通の作業が終わった頃には、夜もすっかりふけていた。



「その本、面白いか」
「うん」

作業を先に終わらせた大石は、手塚の本棚から適当な本を拾い読みしていたが、
その内、興味のある本にであったのか、部屋の隅にある藤椅子に腰掛けて
読みふけっていた。

「これ、借りていってもいいかな。明後日には返せると思うから」
大石は本から顔を上げて、手塚を見あげる。

「構わないが…」

その時、手塚に下心がなかったと言えば嘘になる。

「もう少しで読み終わりそうだし、読んでいってしまったらどうだ」
「うーん、でももう遅いし、あんまりお邪魔してもね」
「うちは構わない」



みんなが帰り支度を始めていた。
「大石、かえろー」
菊丸が声をかける。

「あ、うん…」
返事をしたものの、余程続きが気になるのか、本を閉じられないでいる。

「悪いな、ちょっと読んで行っちゃうから、先に帰ってくれるか」
「えー、じゃあ俺も待ってる」
担いだ鞄をどさっと下ろして、べったり座り込む。

「お前は帰れ」
「なんで俺だけ!」
「お前だけじゃないだろう。みんな帰るぞ」
乾が鞄にキチンとものを一つずつしまいながら言う。
「ホラ、帰るよ、英二」
不二も言う。

結局家の主である手塚の「帰れ」には逆らえず、菊丸はぶすったれながら
みんなと共に帰って行った。




残された大石は藤椅子に身を沈めて、本を読みつづける。
静かになった室内に、ページをめくる音だけが響く。




ほぅ、とため息をついて、大石が本を閉じた時には、もうすっかり夜中になっていた。

「読み終わったのか」
手塚の声に振り返ると、さっきまでメンバーがぐちゃぐちゃにしていたテーブルの上が
綺麗に片付いていて、そこにサンドイッチと紅茶のポットが乗っている。

「ああ、片づけ手伝わなくてごめん」
「構わないさ」

そうしてティーカップに紅茶を注ぎいれながら
「こっちに来て一緒に夜食にしよう」
と手塚は静かに言う。

「今何時?」
「11時だ」
「あ、もう帰らないと…」
「お前の家にはうちの親から電話しておいた。泊まっていけ」

悪いな、と笑って、大石は本を手にしてテーブルにつく。

「お腹空いちゃったよ。いただきます」
そしてサンドイッチに手を伸ばす。

「どうだった」
「うん、面白かった。一気に読んじゃったよ」

手塚はティーカップの乗ったソーサーを差し出す。
「俺もその本は好きだ」
「そう」
笑って紅茶を受け取り、ミルクを落とす。

しばらく互いに無言でサンドイッチを咀嚼し、紅茶を飲む。
実に遅い夕食となったので、二人ともお腹が空いていたのだ。


一息ついたところで、手塚が紅茶のおかわりを注ぎながら聞く。
「その本、どこがよかった?」
「そうだな、色々あるよ」
「聞かせてくれるか」

うん、と笑って本を持って椅子を手塚の横につける。
手塚と自分の間に本を置いて、ページをめくる。
「色々あるんだけどさ、こことか、泣きそうになったかな」
「泣かなかったのか」
「まだみんながいたから」
照れくさそうに笑う。

「俺は泣いたぞ」
「手塚が?」
「ああ、号泣と言っても差し支えないくらいにな」
「見てみたいな、それは」


大石が笑って顔を本からあげた瞬間、同じく本を覗きこんでいた手塚と目が合う。


手塚は大石を捕らえて、抱きしめた。


大石は抵抗もしない。
何も言わない。
何もしない。


手塚は長い抱擁のあと、身体を離した。
「驚いたか」
「いや」

そうして大石はふと目を伏せる。
「どうして驚かない。俺は男だぞ」
「ああ、そうだね」

手塚は自分のとった行動にも、そして大石の反応にも驚いていた。
大石はそれでも涼しい顔をしていた。
気まずい沈黙が流れた。

多分、この沈黙を気まずいものだと思っているのは手塚だけだっただろう。
大石は目を伏せて、静かにうつむいていた。
待っている風でもなく、さりとて抵抗する風でもなく。

「こっちに来い」
手塚はその沈黙をはねとばすように、立ち上がって大石の手をとる。
大石は掴まれた自分の手をゆるゆると眺めて、それから手塚の顔を見上げた。

「来い」
手塚は少し荒々しく大石の手を引く。
この瞬間に、負けたのは手塚。



そして手塚は大石をベッドに連れて行った。

大石は抵抗しなかった。

「大石」
手塚は大石を抱きしめて何度も名を呼んだ。

「大石、お前のことをずっと見ていた」
手塚は大石の開いた胸を手のひらで大きく撫でながら囁く。
まるで自分が今とっている行動の言い訳のように。

「お前とこうしたいと、ずっと願っていた」
大石の下着をはがしながら囁く。

「お前が欲しいんだ」
大石の乳首を愛撫しながら囁く。


大石の目からは何の感情も読み取れない。
「大石、俺を見ろ」
大石の顔に手を添えて自分の方を向かせる。
大石は手塚の顔を見る。
「俺の言うことが聞こえているのか」

その端正な顔立ちからは何の表情も読み取れない。
ただ、大石はふとまた目を伏せた。
「聞こえている」とでも言いたげな様子で。

手塚は大石の両足を高々と持ち上げて、自分の肩にかける。
「お前は俺のものだ」
そうしてアナルの入り口に指をつきたてる。
大石のアナルは指が当たった瞬間、きゅ、と一瞬すぼまり、そしてふっと緩んだ。
手塚の中指が大石の体内にもぐりこんでいく。
大石は正面から陵辱され、顔を横に背けて唇を噛んでいた。

指をくにゃ、と動かすと、ぴくんと大石の身体が震える。
「痛いか」
手塚は大石を気遣うが、大石は声を出さない。
肯くこともかぶりをふることもしない。
恥辱に目を閉じることもない。
ただ目を伏せて、唇をかみしめていた。

「大石、どうだ、痛いのか」
返事をしない大石に多少の苛立ちを覚えながら、手塚は指を出し入れする。
大石は眉をひそめて、少しのけぞる。
「大石」
あとから思えば、大石はその時、すでに感じ始めていた。
声も出さず、ただ眉を切なげにひそめて。

ふ、と大石が大きく息をつく。
そして手塚の胸に手をあてた。
押し返すでもなく、ただ、胸に手をあてた。
そして喉をくっとそらせて、長いまつげの影から手塚をちらと見た。
手塚はその姿を見て、己を抑制することができなくなった。


「お前の中に入りたい」
手塚は手荒なくらいにアナルをかきまわす。
「大石、お前がほしい」

手塚は夢中だった。
すでに勃起していた自分のペニスを大石のアナルの入り口にあてがう。

「痛ければそう言え」
一言声をかけるが、手塚にはもう抑制できるだけの理性は残っていなかった。
たとえ大石が泣き喚いても、最早やめることはなかっただろう。

手塚が正面から大石の身体を折り曲げて、腰を沈めていく。
大石は相変わらず顔を横にそむけ、目を伏せていた。
眉間の皺が一層深くなり、歯をくいしばっている。
食いしばった歯の間から、しゅう、と大きな息が漏れる。

「ああ、大石」
手塚はペニスを全部押し込んだところで、自分が息をしていなかったことに気付いた。
はぁ、はぁ、と肩で息をする。
「大石、全部入ったぞ」
大石はこちらを見ない。
無理矢理に押し込んだペニスは大石のアナルの内壁をかきわけ、
中で手塚のペニスと大石の内壁が奇妙にからみあっていた。
「痛いか」
返事をしない。
切ない顔で横を向いている。
その表情は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも、
また、悦んでいるようにも見えた。

手塚は大石の顔に自分の顔を近づける。
大石の身体の中に自分の言葉が届くように。
「大石、大石。俺のものだ」
大石は答えない。
長くて黒いまつげの奥にある目は、手塚を通り越してどこか遠くを見ている。

手塚は胸がちくちくした。
「大石、俺を見ろ」
そうして腰を動かし始める。
「俺を見ろ、大石。お前は俺のものだ」


二つ折りになった大石のその下腹が、手塚が押し入るたびに波打つ。
ひくひくと波打つ。
ふう、っと息を吐き、歯を食いしばる。
腕は身体の両脇に投げ出され、手はシーツを固く握り締める。

だけれど、大石は一言も発さない。
苦悶のうめき声も、快楽の嬌声も。


「大石、大石」
手塚は大石の名を呼び続け、腰の動きを早めていく。
大石のアナルはひくひくと収縮し、手塚のペニスを刺激する。
手塚は己の限界を感じ、大石の身体に覆いかぶさる。
少しでも密着しようと身体をくねらせて大石に乗り、その肩を抱く。

大石は手塚に肩をつかまれて押さえつけられ、シーツから手が離れた。
その手を手塚の腕に這わせる。
顔は横に背けたまま。
目を伏せたまま。
それでも目を閉じずに。

手塚は大石に触れられたことで、一気に頂点までのぼりつめた。
腰を大石にうちつける。
「大石、出るぞ」
そうして手塚は大石の肩を抱いた腕に力を入れる。


その刹那、大石はぶるぶると震えた。
喉をのけぞらせ、唇がひくひく震える。
伏せた目から涙が一筋落ちた。

「大石…大石、大石…」
手塚は喘ぎ声と共に、大石の中に体液を流し込んだ。




「大石、大丈夫か」
零れ落ちた一筋の涙を指で拭ってやる。
「大石」
手塚の腕を掴んでいた手は、枕の両脇に投げ出されている。
うつろな目でその手を眺めている大石は、一言も口をきかない。

二人はなお、身体をつなげたまま、ベッドに重なって横たわっている。
大石の足は開かれたまま、手塚の腰を挟み込んでいる。

萎えたペニスが自然にずるりとアナルから抜けた。
それと同時に、大石の体内から手塚の精液がとろ、と流れ出る。
枕もとのティッシュを手に取り、手塚はそれを拭こうと大石の足首をつかんで
両足を高々と持ち上げた。

大石のアナルは赤く充血して、そこから尻の割れ目にそって、白い液体がつたう。

「大石、痛かったか」
そっと拭きながら、手塚は声をかける。
大石は答えない。
手塚のなされるがままになっている。
尻の後ろを拭くときに、少し自分でも腰を持ち上げる。

「大石」
手塚は大石を抱きしめる。
「お前を俺のものにしたかった。突然こんなことをして、申し訳ないと思っている。
だが、俺はお前をずっと見ていたんだ」

いつになく饒舌なのは、大石が何も話さないから。
沈黙が手塚の胸を刺す。


「…喉が渇いた」
大石が口を開く。
かすれた声がその薄い唇から漏れ出る。
「水…くれないか」

手塚は一瞬ぎょっとしたように、胸にかき抱いていた大石の顔を見て、それから身を離した。
「あ、ああ、ちょっと待っていろ」

そうして、手近にあったズボンをはき、部屋から出て行った。

大石はその後姿をうつろな目で見ていた。



その日、手塚のベッドで二人は寝た。
大石は壁の方を向いて、一度も手塚の方を見なかった。
朝になり、着替えた後で大石はやっといつもの大石に戻り、
そして昨晩のことは一言も口に出さなかった。



手塚家のダイニングで朝食を食べる。
「今日も練習ないんだよな」
明るい声で大石は手塚に声をかける。
「ああ…」
手塚はその大石の態度をはかりかねて、静かに無愛想に答える。
「嬉しいよな、ずっと練習練習だったから」
「そうだな」
「テニスも楽しいけど、たまにはなぁ」
「ああ」

大石は厚切りのトーストを口に運ぶ。
「大石くん、コーヒーのおかわりは如何?」
コーヒーサーバーを手にした手塚の母親が来る。
「あ、すみません。いただきます」
大石は微笑んでカップを差し出す。

「宿題は終わったの」
にこにこと母親も自分のカップを手に、食卓に一緒について会話に加わる。
「はい、大体は」
大石はにこにこ笑って、レタスにフォークをつきさす。

「大石くん、昨日寝心地は悪くなかった?」
母親の言葉に手塚はびくっと震える。
母親には、大石は手塚のベッドで寝かせて、自分はソファで寝ると言ってあった。
「快適でしたよ」
何食わぬ顔で大石は微笑み返す。
「手塚のベッドってでかいんだなぁ、びっくりしたよ」
と笑って、手塚を見る。


白々しいほどの嘘がつける大石に、手塚は驚いた。
自分が今まで大石秀一郎とはこうだと思っていたことが覆されるのを感じた。

しかし、それゆえにまた、深みにはまっていく自分をも同時に自覚したのだ。


「今日はどうするんだ、大石」
「今日…?今日…あ!」
はじかれたように大石は椅子を蹴って立ち上がる。
「どうした」
「今何時?」
慌てる大石に、時計を指し示す。
「8時だ」

ふう、と息をついて、大石は椅子に座りなおす。
「そっか、まだ8時か。よかった…」
「何か約束でもあるのか」
ちくりと胸が痛んだ。

「うん、英二の買い物に付き合うんだ」
「お前たちはテニス以外でもベタベタしてるな」
憎々しい口調になってしまった。

手塚はいつでも菊丸に嫉妬していた。
菊丸はダブルスのペアであることを理由に、やたらと大石のそばにいたがった。
大石はふんわりそれを受け止めていて、まったく拒絶を示さなかった。
手塚が大石に話しかけても、菊丸は大石のジャージの裾にぶらさがったまま離れないし、
時には二人の会話に口を挟んでくることもあった。
子供らしいと言えばそうだが、大石の温厚さにつけこんだような菊丸の態度が、
手塚は好きになれなかったし、正直、これに関しては邪魔な奴だと思っていた。

「そうかな、そんなにベタベタしてる気はないけど」
大石はさらりと受け流して、残ったハムを口に放り込む。
「それに悪いことじゃないだろう?ペアを組んでから間もないし、ちょっとでも
分かり合えたらいいな、とは思うしね」

「大石くんはダブルスを組んでいるの?」
母親が口を挟む。
「うちの国光は協調性がなくって、ずっとシングルスよねぇ」
大石は微笑んで答える。
「一人で戦う力がないだけですよ」

そんなことはない。
大石はシングルスでも十分に戦える力を持っている。
ただ、ペアの力を十二分に引き出す能力、それが彼をダブルスに縛り付けているだけだ。

「シングルスをやろうとは思わないのか?」
手塚は尋ねる。
「うーん、魅力はあるけどね」
大石は手にしたコーヒーカップに目を落とす。
「ダブルスは面白いよ」
両手でカップを包み込む。
「人の心が見えて」
そうしてカップを口につける。




大石は自分の荷物を取りに手塚の部屋に戻り、手塚も一緒についていった。
バタンとドアを閉めた瞬間、二人きりの空間になる。

「大石、今日、行くのか」
「ああ、約束だから」
「身体は大丈夫なのか」

大石は手塚に目をやる。
冷たい目だった。
敵意はないが、無関心そうな目つき。
そうして何も答えない。

カバンを肩にかけて、出て行こうとする大石の腕を手塚はつかんだ。
そうして、ひきよせて、抱きしめた。

「大石、覚えておけ。お前は俺のものだ」

返事はなく、大石はふっと身を離すと、部屋のドアをあける。
そうして二人の時間は終わる。




それからも手塚は時々大石を家に呼び、大石は拒まなかった。
そしてそのたびに身体を重ねたが、大石は相変わらずの態度で手塚を受け入れた。
声も出さない。
顔も見ない。
何も言わない。
何もしない。

咥えろといえば咥える。
むしゃぶりつくように口に咥えてなめまわす。
大石は上手かった。
そして、それが手塚の胸のモヤモヤに拍車をかけた。

「大石、俺のを飲んでくれるか」
手塚は大石の全てを侵略したいと願った。
そうして大石の口の中に射精した。
大石はそれを飲み干したが、それだけのことだった。

そうして、抱けば相変わらず手塚の腕の中でぶるぶると震えた。
それが絶頂を迎えた証だとわかったのは何度目かのセックスの時だった。

「イく時くらい声を出したらどうだ」
答えはない。
「感じているのだろう?声を出せ」
「俺の名を呼べ」
大石の身体を突き上げながら、手塚は大石の顎をわしづかみにする。

それでも大石は目を伏せて、静かに震えた。



手塚は思い出す。
大石の湿った肌が自分の胸に吸い付く感覚。
くいしばった歯の間から漏れる息。
薄い唇がわなわなと震える様。
自分の腕の中で震える大石の身体。

呪縛にとりつかれていた。
決してあの身体から離れることはできないだろうと感じた。
あの身体が自分ひとりのものでないとしても。