機械人間/3



ある日、いつものように会社帰りにイヌイのラボに立ち寄った俺は、
小部屋に入る前に少し話があると言われた。
イヌイは話しづらそうに、もそもそとクーラーからミネラルウォーターを取り出して、
愛想のないグラスに注いだ。
俺は彼に早く会いたくてウズウズしていたので、少し貧乏ゆすりをしながら待った。
2つのグラスに注ぎ終わると、彼は一つを俺のほうに差し出し、やっと重い口を開いた。

「そろそろまずいぞ」
「何が」
俺はグラスを受け取りながらイヌイの顔を見た。
彼の表情は曇っていた。
「近々、機械局の査察が入るという噂だ」


イヌイは自分の手に持ったグラスを傾けて、中の液体をぐいっと喉に流し込む。
「あいつの背中のシリアルナンバーはダミーだ」
「え?」
「あれが作られた300年前、ヒューマンタイプは違法ではなかった。
だけれど、あれ自体は違法な目的で作られたマシンだということだ」
「ど、どういうことだよ」
「製作すると決まった時点で登記をして、シリアルナンバーを受けてからではないと
作成に入れないのは、今も300年前も変わっていないんだよ。
そのシリアルナンバーが贋物だということは、あれは違法な手続きで作られたマシンだ。
ということは、目的か、機能が違法であったと考えていい」

「俺たちはヤバいヤマに足を突っ込んじまったんだよ」
イヌイの言葉が耳鳴りのように響く。
「機械局の査察が入ったら逃れられない。
俺も、お前も、テヅカもまずいことになる。
あいつの表層プログラムからなら、ここで覚醒してからの情報が引き出せるからな」


機械局の査察はいつでも抜き打ちで行われる。
当たり前のことだ、事前に通知しては査察にならない。
マシンに対する監視は大変に厳しいもので、違反した場合の刑罰も非常に重い。
ヒトに危害を加えるようなマシンを設計、作成、保有、いずれの場合にも、
最悪死刑すら適用される。
あのマシンが何を目的に作られたのか、イヌイで解析できない以上、
機械局の人間にも分かるまいが、それでもヒューマンタイプのマシンは
第一級の違法マシンであることは間違いない。
しかも当時ですら違法作成されていて、登録されていないとなると、
これはかなりの重刑が科せられるのは必至だ。




俺は呆然としながら、小部屋に入った。
彼は俺を見て、いつものようにふんわりと笑ったけれども、俺の表情を見て、片眉を上げた。
「どうされましたか」

俺はちょっと考えてから、彼に訊ねた。
「ねぇ、お前はやっぱり自分を守るためのプログラムがついているの?」
「はい、自己防衛プログラムはインストールされています」
「お前は自分を守ることが一番大事なの?」
「いいえ、マスターを外敵から守ることが優先します」
「その次は?」
「自分自身です」

「じゃあ例えば俺がお前を壊そうとしたらどうなるの」
「わたしは最悪の場合、貴方を殺すでしょう」
「お前が?俺を殺すの?」
「ええ、わたしのプログラム上ではそうなっています」

俺は緊張したのだろうか、彼は俺の顔に焦点を合わせて、ぴ、ぴ、という音をたてる。
「大丈夫です。わたしは手足がありませんから、貴方に危害を加えることは出来ません」
「お前は人の気持ちが分かるの」
「顔の筋肉の動きを分析しました」
「へぇ…すごい能力だね」
「普通だと思いますが」
「他のマシンにはそんな機能はついていないよ」


そうか、と俺は思い当たった。
現存するマシンは、ヒトの形をしていないからだ。
言葉で命令すればいいから、音声認識機能があれば足りるのだ。
気に食わなければそう言えばいいし、最悪、廃棄処分にすればいい。
だけれど、彼はヒューマンタイプだから、うっかりヒトに対するように接してしまう。

こいつには情がないのに。
傷つけまいとしてしまう。
感情移入してしまう。

その時、俺はヒューマンタイプが製作禁止になった理由をうっすらと感じた。


「ねぇ、お前を壊しにくる奴が来るかもしれないんだ。そしたら、お前は自分を守れる?」
「不可能です」
「それは手足がないから?」
「はい」

「やっぱり手足をつけよう、どんなのでもいいから。動かせれば何とかなるだろうし」
俺は小部屋を出てイヌイと話をしようと、椅子から立ち上がった。
それを彼は声で制する。
「わたしに手足を与えてはいけません」

俺はその声の厳しさに驚きつつも、彼を振り返る。
「どうしてさ、お前だって自分を守りたいだろう?」
「いいえ、わたしは廃棄されるべきです」
彼は最近では見せなかった冷たい表情を浮かべる。
黒曜石のような瞳の上にカバーのように薄く張られた液晶に文字列が浮かんで流れた。
「わたしはブレインに重大な欠陥があります。ただちに廃棄してください」


「そんなのダメだ!お前を壊させやしない!」
俺は怒鳴った。
「お前が自分で自分を守れないなら、俺がお前を守ってやる!絶対に守ってやる!」

彼の黒い瞳が赤く点滅した。
ぴ、ぴ、という電子音がその間隔を狭めて大きな音を立てる。

俺は、彼のそのマシン然とした姿を見たくなかった。
駆け寄って胸に彼の頭を抱く。
「お前を壊させるもんか。俺が守ってやるから」

彼の激しい電子音はしばらく続いた。
俺はそれを聴きたくなくて、ただひたすら彼を抱きしめていた。
電子音は次第に断続的になり、そして止んだ。
俺はほっと息をついて、きつく抱いていた彼の頭を胸から離して、顔を覗き込んだ。
「落ち着いた?」
「はい、申し訳ありません」
彼の目はまた黒く戻って、液晶の文字列も消えていた。

「情報が足りないのですが、わたしの存在はここでは違法なのでしょうか」
彼は俺の腕の中で、俺を不安そうに見上げる。
俺は、その瞳を見ては、嘘はつけなかった。

「そうだよ、お前はこの時代にあってはならないマシンなんだ。
ヒューマンタイプは禁制なんだよ。見つかったら破壊されてしまうんだ」
「貴方はそれを知っていたのですか」
「うん・・・。でも大丈夫だよ、俺がお前を守ってやるから」
「それは貴方にとって、よくない結果を生むのではありませんか」
「そんなの構わないよ」

彼は俺の情に訴えかけるようなまなざしを向けて、懇願する。
「お願いです、わたしをただちに廃棄処分にしてください」
「嫌だ。お前を壊すなんて嫌だよ」
「お願いです、わたしを廃棄してください。
わたしの自己防衛プログラムでは、これ以上の自己破壊は出来ないのです。
どうか廃棄してください」
「嫌だよ!俺には出来ない!」
「どうか、お願いです」
すがるような目で俺を見つめる。
これもプログラムだって言うのか?
「お願いです、わたしには重大な欠陥があるのです。廃棄されなければいけないのです」
「嫌だ!嫌だ嫌だ!お前は何も悪いことはしていないじゃないか。
こんなにおとなしくて、こんなに優しくて、なのになんで廃棄しなくちゃいけないんだ。
どこもおかしくなんかないよ。お前は正常だ」
俺はその瞳から逃れようと、再び彼の頭を胸に押し付けた。



彼は俺のシャツに顔を埋めたまま、静かに話し始めた。
「わたしはマスターを殺すためだけに作らた殺人マシンです」
「え?」
俺はびくっと震え、彼を胸から放り出した。
殺人マシンという言葉はあまりに恐ろしかった。
彼に対する執着を一瞬忘れさせるには十分な威力を持った言葉だった。

「だ、だって、お前、マスターを守ることが最優先だって…」
「ですから、『外敵から守る』と申し上げました。マスターを殺すのはわたしだけです」

彼は少し斜めに椅子に放り出された姿勢のまま、身を離した俺を悲しそうに眺めながら話す。
「マスターを殺した後、自己破壊する機能があったのですが、正常に作動しませんでした。
ですからブレインに重大な欠陥があると申し上げたのです」
「お、お前は自己破壊する機能があったの?でも自己破壊し切れなかったの?」
「ええ、マスターの生命活動が完全に停止したことを確認すると、体内のナパームに
点火するようにプログラムしてあるとマスターがおっしゃっていました」
悲しい目をして顔を伏せる。
「ただ、手足が吹き飛び、ついで電気回路が落ちました。それだけでした」
「それはプログラムミスってこと?」
「恐らくは」

俺は静かな彼の瞳に吸い寄せられるように、また彼のそばに近寄って、
彼の姿勢を直してやりながら話を続けた。
彼が今まで厳重なプロテクトをかけていた情報をつまびらかにする、
この機会を逃さないように、静かに。
「マスターはどんな人だったの」
「マスターは、わたしの製作者でもある、機械技師でした」
彼は遠くを眺めるような目をする。
俺を見ているようで、実のところ、俺によく似ているらしい彼のマスターを見ていたのかもしれない。

「マスターはわたしによく話しかけていました。
わたしはまずブレインを作られて、頭部から形になりました。
マスターはわたしと話をしながら、ボディを作っていかれました。
『お前がわたしを解放してくれるんだ』 そうお話になりながら」
「どうやって殺したの」
「首を絞めました」
「それがお前に与えられたプログラムだったの」
「そうです。マスターはわたしに首を絞められながら笑いました。
そして、『ありがとう、お前を解放しよう』、と呟きました。
マスターの言葉の意味が理解出来なかったのは、あれが最初で最後です」
「お前はマスターが好きだった?」
「好きというのはよく分かりませんが、マスターの指令がいつでも適確だったことは確かです」


「どうしてお前は俺にそんな話をするの」
俺は彼の座った椅子の足元にべっちゃりと座り込んだ。
「今まで絶対に話さなかったじゃないか。プログラムにも何重にもプロテクトをかけて、
絶対に探れないようにしてきたじゃないか。どうして・・・」
「申し訳ありません。しかし、今が話す時だと判断しました」
「今ならお前のシステム内に入れる?」
「それは出来ません。アウトプットのロックはリリースしましたが、インプットは不可能です」
「インプットのロックはリリースできないの?」
「わたしが機能を完全に停止し、全てのプログラムを消去した後でならリリースされます」
「それじゃダメだな・・・」

要するにプログラムの改ざんは出来ないと言うことだ。
彼がアウトプットのロックをリリースしたからには、
誰でも彼の作られた本来の目的を知る立場にある。

機械局の人間でも。

尚更危険な立場に追い込まれたということは、俺にでも理解できた。





その晩はとりあえず自分の家に帰った。
そして彼をどうやって隠すかについて、策を練ろうと思ったのだ。

寝台に寝そべって、ああでもない、こうでもないと考えていたとき、
俺は大変なことを忘れていたことに気づいて、がばっと起き上がった。


誰でも知ることが出来る彼の本来の用途。


誰でも。


イヌイでも。


俺は寝巻きのまま家を飛び出した。
イヌイの研究施設に向かって。



ヒトがいるのに、ヒトの匂いがしない深夜の研究施設はいつ来ても不気味だ。
無人ならばまだいい。
ヒトが中に無数に蠢いているのに、まったく人間臭がしない。
無機質で乾いた場所。

屋上に小さな灯りが動いたのを俺は見逃さなかった。
処分するには自分のラボはあまりにも危険すぎる。
遠くに持ち出すには、誰かに見られるリスクが大きい。
屋上が廃棄の為の最低限の条件を揃えている場所というわけだ。
俺は息をすることも忘れて屋上への道を急いだ。

どうかどうか間に合って欲しいと願いながら。



「すまない。こんなことになってしまって」
「いいえ、イヌイさんは当然のことをなさるだけです」
二人の会話が耳に飛び込んだ瞬間、俺は屋上へと抜けるドアを勢いよく開いた。

俺はイヌイの手にした大きなハンマー状のものを目にした。
単純なハンマーではない。
マシンを叩き潰した後に腐蝕性の液体を噴出し、その組織を破壊する代物だ。
「イヌイ、やめろ!!」
俺は屋上の中央に横たえられた彼のボディの上に覆いかぶさった。
「こいつは壊させやしない!そんなことしたらダメだ!」

「知っているんだろう?そいつは殺人を目的として・・・」
「そんなのどうだっていいだろう!もう目的は達成したんだ。これからは誰のことも傷つけない」
「いや、そいつは今でもロボットの原則を破っている」
イヌイは落ち着いていた。
「ロボットは自分の存続をいかなるヒトよりも優先させてはならないんだ。
そいつの優先順位は明らかに違法だ。廃棄しなければならないんだ、分かってくれ」
「こいつを壊そうとしなければいいんだ、誰もこいつを傷つけようとしなければいいんだ。
こいつだって壊されたくない。それだけの話だろう?
俺たちだって自分を殺されそうになったら死に物狂いで抵抗する。それと同じじゃないか。
こいつにだって存続する権利はあるんだ!」
「ロボットにそれは許されない。見つかったら俺もお前も、最悪死刑だぞ」

彼は俺の身体の下で、ぴ、ぴ、と軽い電子音と共に静かに言う。
「イヌイさんの言うとおりです。わたしの存在は貴方に危害を及ぼします。どうか」

俺は目の前が真っ赤になった。
がばっと起き上がって、彼のボディを担ぎ上げてただイヌイから遠くへと走った。
彼のボディは非常に重かった。
けれども、俺はしびれる腕なんかに構っていられなかった。
ただ彼を守りたかった。

「だめだ、おい、そいつをこっちによこせ」
イヌイはハンマーを片手に近づいてくる。
俺は屋上の端で彼を抱きしめて叫び返した。
「いやだ、渡すもんか!」
「何で分からないんだ、マシンの為に死ぬ気か!」
「こいつはマシンなんかじゃない!」
「よく見ろ、そいつから出ているケーブルを。むき出しの金属パーツを。
そいつはマシンだ、ただの物なんだ」

俺は彼のケーブル、金属パーツ、それから彼の顔に目を落とした。
彼は悲しそうな顔をして俺を見上げていた。
優しくて、儚くて、悲しい黒曜石のような瞳。

「お願いです。わたしは本来廃棄されていたはずのモノです。
それがプログラムミスでここまで存在してしまった。
どうか彼にわたしを渡してください」

俺はその瞳を見て、悟った。

彼のマスターの意図を。

「違うよ、お前のマスターのプログラムミスなんかじゃない。
お前のマスターはお前に生きてて欲しかったんだ」

そうだ、イヌイですら解析できない巧妙なプログラムを組める人間が、
こんな初歩的なミスをするはずがない。
こいつのマスターは、こいつを破壊できなかったのだ。
この美しい、恐らくはマスターの愛したヒトの面影を持ったマシンを破壊することなど。

「生きよう、一緒に」
ごおっと風が吹いた。
俺の赤茶けた髪がふわっと跳ね上がった。
「直してやるから、絶対。だから一緒に生きよう」
「わたしのマスターは・・・」
「マスターじゃなくても構わない。ただのパートナーでいいんだ。
俺の言うことなんかきかなくたっていい。俺の下僕になる必要なんかない。

ただ、一緒に生きたいんだ」

「生きる・・・」


彼はぴ、ぴ、という電子音を響かせて、ふと目を閉じた。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。
黒くて長いまつげがその音に呼応して揺れる。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。
そして目を開けて俺を見た。



「最終プログラムを実行します。わたしのアークマスター、お待ちしていました」



俺は呆然と彼の顔を眺めた。
マスターという、あれほど欲しがってやまなかった呼称に俺は戸惑った。
「・・・え?お前、また間違って・・・」
「いいえ、間違いではありません」

そしてまた目を閉じた。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。
再び目を開く。
「解析を終了します」


「イヌイさん、彼を捕獲してください」
その声と同時に、彼の全身に電流が走った。
「うわっ!!」
俺はその衝撃で彼を取り落とした。
がちゃん、という大きな音と共に、彼が足元に落下し、その瞬間、イヌイが俺を羽交い絞めにした。

彼は屋上の縁に身体を立てかける格好になっていた。
それを見ている俺はというと、イヌイに背後から両手首を掴まれて蹂躙されていた。
こいつは昔から背が高くて、俺ごときではこのように羽交い絞めにされては逃げられなかった。
「イヌイさん、その方をわたしから出来るだけ遠くに」
「ああ、分かっている」
イヌイは俺を引きずって、後ろ向きに彼から離れていく。

ただ、俺はこうして両手首を掴まれている間はイヌイの両手もふさがっており、
彼をあのハンマーで叩き潰すことが出来ないのだと、頭の片隅で妙に冷静に判断していた。
「離せよ、イヌイ!てめー、ぶっ殺す!!こんなことしたって無駄なんだからな!
こいつには自己防衛プログラムが組まれてるんだ!自己破壊は出来ないんだよ!」

俺はイヌイに羽交い締めにされながら、暴れて彼を見やった。
彼は不思議と静かに俺を見つめていた。
ぶうん、と音がして、その光彩が緑色に光った。


「大丈夫です。わたしは正常に作動しています」
「そうだよな、だから、だから死なないよな?」
「わたしのマスター。貴方をお守りします」
「…え?」

「貴方は不思議なヒトです」
彼は微笑んだ。
「何故でしょう、わたしは、貴方といると、ヒトになれそうな気がしました。
何故そんなことを思ったのでしょう。そもそも、何故、『思う』などと。不思議です」


「さようなら」
彼は微笑んだ。
寂しそうに、優しく、俺を見つめた。
「さようなら、わたしのアークマスター」



轟音。そして火柱。
垂直に天に向かって駆け上る火柱の中に、俺は彼の影を見たような気がした。



「ナパームだ…あれが…」
「ナパーム…」

神の帝国まで焼いたと聞く、大昔の爆弾。
最終兵器以前の最大の威力を誇った兵器。
原始的でありながら、しかし恐るべき威力で全てを焼き払う悪魔の炎。





アークマスターを探していたんだ、きっと。
仮のマスターから解放されて、真のマスターを探していたんだよ。
それが彼に与えられた最終プログラムだったんだろう。
彼はお前を守ったんだよ。
お前は彼のマスターだったんだから。


そっか、俺、あいつのマスターになれたんだ。
そっか。
そっか。

でも、なれなくてもよかったな。
なれなくっても、一緒にいられたほうがよかったな。
俺の為になんか死ななくてもいいからさ。
俺のしもべなんかじゃなくてもいいからさ。


焼け跡に、これだけが残っていたよ。




手渡されたのは鉛の心臓。
彼がこの世に残したたった一つの。






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