山猫の森/旅人の話



死にたかったんだ。あの戦争で
どうして生き残ったんだか自分でも分からない
俺は、だけれど生き残ってしまった


剣の腕には自信があったんだよ
早く実戦に出たくて、俺はいつだってうずうずしていた
俺の強さなんて、本当には役に立たないってことが分かってなかった
稽古場で一番強い奴が実戦でも一番強いわけじゃないんだ


先発部隊に配属された時には喜びで胸が震えたのを覚えているよ


当たり前のことだったんだ
だけれど、俺には何もわかっていなかった
俺の考えてきたことや、俺の信じてきたことが
全部ボロボロ崩れていくのを感じた

死んでしまいたかった
だけれど死ぬのが怖かった


ただ剣を振り回したよ
作法や流儀なんか何の役にも立たなかった
何人も倒した
ただの肉の塊になってどうと倒れるのを目の端で見ながら
また次の人間に切りつけていた

何人も切ったよ
切っているうちに剣が刃こぼれしてきて
それはひどい有様だった
力任せに突き刺して
敵の身体から抜けなくなった
だからそいつの剣を奪った

そんなことの連続だったよ


国の為だとか
家族の為だとか
大義の為だとか
そんなのもうどうでもよかった

俺は自分が死にたくないから戦った

誰でもいい
誰が死んでも誰が苦しんでもいい
俺じゃなければ誰でもいい

そう思っていたよ

あの場に、たとえば肉親だとか国王がいても
俺はきっと切った
誰でも切った


退却のラッパなんか聞こえなかった
本当だ
俺はもう敵も味方も分からなかった
だけれど、いつの間にか人が周りからいなくなって
俺はただボロボロに刃が欠けた誰のものか判らない剣を持って立ち尽くしていた



味方ともはぐれて、とにかく剣を杖にして帰ったよ
進軍してきたときの道のりを辿って
だけれど、何もかもが違った

花はもう美しくなかった
山はもう堂々とそびえてはいなかった
太陽は力を与えてはくれなかった


俺はすべてを失った
だけど、国だけはあると
帰るところだけはあると
そう思ってただ歩いたよ
来た道を辿って


ぼろぼろになって村に辿り着いたよ
その時まで、俺はあの戦争に勝ったのか負けたのか
全然知らなかったし、知りたいとも思わなかった

村はお祭りの最中だった
どうやらうちの国は勝ったらしい

みんな喜んで俺を出迎えたよ
俺の戦線が敵陣を突破したことで勝てたと
そう言っていた

俺は行方不明になっていたけれど
生還した者の話では
俺は勇敢に鬼神のように闘って
何人もの敵をばたばたと倒したと
俺は英雄のように祭り上げられていた

死んでいたはずの英雄が
帰ってきたと
村中あげての大騒ぎになったよ

俺は祭り上げられて
お城にも呼ばれて勲章を貰った
行く先々で歓迎されて
あれがこの国の武勲だと
そう言われた

俺は夢を見ているようだった
嬉しくて、とかじゃなくて
何もかもが現実感を失っていた

母親が家から飛び出てきて
生きて帰ってきたと泣いて俺を胸に抱いても
父親がよくやったと抱きしめても
小さな妹が俺に縋り付いても

何もかもが現実ではないような気分だった
何もかもが嘘の匂いがした
何もかも遠いところで起こっている出来事のようで
俺は戸惑い、困惑して
そしてそのうちに生きている実感をも失った


あの焼けるような暑さの中
ただ無我夢中で
自分の命ただひとつを守るために
剣をやみくもに振り回した
あの夏の日

地鳴りのような人のわめく声
足を踏み鳴らす音
馬が走り、いななき、倒れる音
自分の声さえ聞こえない
そんな夏の日

あの夏の日がただ一つの本当のことのように思えた


俺は叫んでいたと思う
自分の声も聞こえなかったけれど
だけれど、俺は確かに聞いたんだ

俺の声で
死ね、と

誰でもよかった
俺じゃなければ誰でもよかった
誰でもよかったんだ

死ね、と

叫んでいたよ



俺はお城に登用された
異例のことだったと思うよ

村を離れての生活は
いよいよ現実味を失って
俺はただ、従順に、笑って、大人しく、目立たないように
それだけの生活を送った


そうして、ある日王様から書簡を託されたんだよ
とある村にこの書簡を届けろと
山深く険しい道のりの先にある村に
冬の山越えは不可能に近いけれど
お前ならば見事成し遂げるだろうと

俺ならば、とはどういう意味なのか

俺は死神に守られているという噂
一度死んだのによみがえったという噂
だからあんなに生気がないのだと
口さがない人々が言うのを
この国王も聞いたのか


俺には分からない
そんなこともどうでもよかった
俺はすぐに支度をして城を出発した



途中で何度も倒れそうになった
お前に出会うまでも、何度も雪の中に埋もれて
もうここまでかと思った
だけど、その度に、俺は生きていると
俺は今まさにここに生きているのだと
実感し、その喜びに顔を上げた
その度に俺は立ち上がってまた歩き出した


だけれど、あの時はもう駄目だと思ったな
もう立ち上がれなかった
身体のすべてが言うことをきかなくて
意識が遠のいていくのを感じた
だけれど、そんな中でも
俺はまだ生きていると
感じることだけは出来た
身体の感覚もなくなって
頬にあたる雪の冷たさももう分からないけれど

ただ、俺はまだ確実に生きているのだと
生きているからこそ死ねるのだと
妙に安心していたよ



目を覚ました瞬間
お前の毛の色が目に飛び込んできた
燃えるような赤
お前の持ってきてくれた火が
赤い毛を一層赤く染めて
俺ははっとした






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