山猫の森/山猫の話



生まれた時からこういう毛色だった
自分でもあれ、って思ったな
だってみんな色が違うんだもの

そりゃ毛色にだって個体差はある
みんな山猫は茶色いものだと
思ってるかも知れないけれど
闇に紛れるくらい黒い毛色のやつもいれば
お日様を浴びて金色にキラキラ輝くやつもいる

それでもさ、俺の赤毛は際立ってた
すごく目立ったよ
嫌な意味でね

おかしなことに、群れの中に
こんな赤毛のやつは一匹もいなかった
ここまでじゃなくても、赤っぽいとかね
そういう奴もいなかった

黒っぽい毛や黄色っぽい毛の一族ってのはいたけれど、赤毛はいなかった

まだ狩りに出られない小さい頃は、見た目が悪いって苛められたな
お前なんか山猫じゃないって

俺は5人兄弟の一番下なんだけれど
ほかの兄弟も、お前のせいで苛められるって
巣に帰ってきてから俺を噛んだ

親も疎ましがってさ
噛まれた傷を舐めてくれることもなかった

今から思えば、親が俺を可愛がらなかったのは当たり前だけど
群れの中に赤毛がいなかったことを思えば
母親は他の群れの山猫と通じていると言われただろうし
父親は自分の子ではないと思っただろう

俺は生まれてきてはいけない子だったんだ

あの群れの中にあってはいけない毛色をしていたんだ

だけど、そんなの俺のせいじゃない
それはみんなも分かっていた
だから、表立って群れから追い出せとか殺してしまえとか
そういうことは言われなかった

きっとみんな思ってはいただろうけれどね

狩りに出るようになってからは
いよいよつまはじきものにされたな

何しろこの毛色だから目立って仕方がない

普通の茶色い毛の奴は枯れ草に
黒い毛色の奴は暗闇に
金色の毛色の奴は太陽に
それぞれみんな自分の姿を溶け込ませられる

だけど俺の赤色は山のどこにもなかった
俺は背にするものが一つもなかったんだ

俺は一つも獲物が取れなかった
おまけに俺と組んだ奴らもまったく駄目だった
だから俺はいつしか狩りの集団から外された

それに、群れを組んで移動するときにも
俺は少し離れて走るようにも言われた

狩りをしに来る人間の標的になりやすいから
俺のまわりにいたら危険だからって

俺はその頃はいつでもひとりぽっちだった
誰も俺に声をかけてもくれないし
狩りが出来ない雄猫は何の役にも立たないからと
獲物の分け前にもあずかれなかった

俺はね、自分でやるしかなかったんだ

一人で山の奥に入って
野うさぎを追い掛け回して
一匹も取れなくてさ
情けなかったな

お腹が空いても食べるものもないし
小川で水をがぶがぶ飲んで、お腹を壊したりもしたっけ

ある日、そんな俺にもやっと獲物が取れたんだ
だけどあれは悲しかったな


森にうずらの一群がいたんだよ
たくさん固まって、ほっほほっほって鳴いてた
俺はそこにそっと忍び寄っていきながら
どいつに狙いを定めるかうかがってた

群れの中にね、いたんだ
毛色の違ううずらが一羽
一羽だけ色がとても薄かったから
一番に目に飛び込んできた

しかも羽が他の奴に比べて小さくて足が少し曲がってた

奇形だったんだね、あいつ
群れの隅っこでぷるぷる震えてた

その日はとても寒くて、うずらたちはみんな身を寄せ合ってて
だけどそいつは小さくて弱いのに、輪の中に入れてもらえずに
その集団の隅っこで漏れて来る少しの温もりを身体に受けて
ぷるぷる震えてた

俺はそいつに狙いを定めた
地面にお腹をするくらいに姿勢を低くして近づいていったんだ

一羽が俺に気づいてばさばさと逃げた
群れのうずらたちはその声と羽音に驚いて散り散りに逃げたんだ
だけど、そんな混乱の中でも、俺は狙った一羽を見逃さなかった

だってさ、目立つんだよやっぱり
しかもすごく動きがのろくて
一方向にまっすぐ逃げればいいのに
あたふたとあちこちうろうろしてさ


ほんっと、みっともなかったな、あいつ

ほんとにみっともなかった

俺を見てるようだった


すぐに捕まえられた
前足で押さえつけて、喉を噛み切った
それだけだよ

びくって動いたけど
すぐに死んじゃった


俺はお腹も空いてたから
すぐにその場で食べた

内臓が一番美味しいし栄養もあるんだよ
だから俺はすぐにお腹を切り裂いて
肝や心臓を食べた

生暖かくてぬるぬるして
俺の前足は真っ赤に染まった
きっと俺の顔も真っ赤だったと思う

俺は無我夢中で食べた
内臓をあらかた食べてしまっても
まだお腹が空いていたけれど
あいつは小さかったからさ
肉が薄かったんだよな
他に食べるところはあまりなかった
きっと餌もあまり分けてもらってなかったんだ

俺は一息ついて、食べかすになってしまった
うずらを見て泣いたよ

みっともなかったな、あいつ
俺みたいにさ


それから俺は、狩りの練習に毎日精を出した
誰よりも速く、誰よりも機敏に動けるように
毛色のハンデを補ってあまりあるだけの動きが
出来るようになるまで1年かかった

それから今度は的確に獲物の急所をつく練習
それから、それから・・・


俺は今じゃ群れ一番の狩りの名手なんだよ
集団での狩りにも参加するようになった

この毛色を逆に利用するってことも俺が提案した
獲物の群れに近づく時に、俺だけみんなと反対側から近づくんだ
俺を見つけた獲物の群れは反対側に移動する
そこに仲間が待ち構えてるってわけ

だけど、やっぱり誰も俺の毛色のことはよく言わないな
狩りがうまくて、足も速くて
色々と役立つから群れに置いてやってるって感じ

そうだね、俺はどんなに狩りがうまくても
どんなに速く走っても
それでも誰からも尊敬されることもないし
群れのリーダーにはなれないよ

だって赤毛だからね


お前が目を開いて俺を見て、この毛色を誉めてくれた時
すごくびっくりした

そもそも山猫が自分をじっと見てたら
狙われてるって思うんだろうなって
きっと目を覚ますなり驚いて恐怖して、叫んで逃げ惑うだろうなって

俺、そういうの覚悟してたんだよ

それでも助けたかったんだ

目を覚ましたお前がどこからか銃を出してきて
それで俺を打っても
それでもいいやって思ってた

なんだかさ、助けたかったんだ
よくわかんないけど
あのうずらを助けたかったのと同じなのかな

俺が殺しちゃったあのうずら

一度でいいから何か誰かの役にたって
いいことをしてみたかったのかな

そしたら、もうつっぱらなくてもいいやって
そんな風に思ったのかな

もう分かんないや

ただ一つだけ言えるのはさ
半分雪に埋もれてたお前の顔を見て
すごく綺麗な人間だなって思ったってこと

きっと人間の中でも綺麗なんだろうなって

どきどきして見てた
いいなぁって

目を開けたらもっと綺麗だった
真っ黒な目で、真っ黒な髪で
肌が真っ白で

すごく綺麗だった

俺、お前に見られているのが恥ずかしくて
この毛を全部毟ってしまいたいと思った

だけど、お前は言ったんだよ
綺麗な山猫だって

俺のこと綺麗だって






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