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卒業式の日になった。
卒業って言っても、隣の校舎にうつるだけだし、メンツも変わらないからどうってことは
ないのだけれど、慣れ親しんだ後輩とのしばしの別れや、同級生の中には違う高校に進む
奴もいたりで、そこそこの感銘はあるものだ。

「手塚、答辞するんでしょ」
「ああ」
「何言うの?」
「まぁ決まり文句ってところだ」
仏頂面の元テニス部部長にして生徒会長のこの男は、さほど感銘を受けている風でもない。
「ところで大石はどうだ。今日も来れないのか」
手塚にしては珍しく人のことを気にかけて俺に聞く。
「うん…来れないみたいだね」
「卒業はできるんでしょ?」
不二も横から口を挟む。
「うん。出席日数は足りてるから、卒業は出来るって先生に聞いたけどね」
「よかったよね、誰かさんみたいに遅刻を繰り返してきたんじゃ危ないところだったよね」
不二が茶化す。
「誰のこと、それ!」
俺も笑う。
友達とは有難いものだと心底感謝しながら。


「まぁ大石にはイヤでも高校で会えるからな」
珍しいことが二つも続いて、手塚が ふ、と笑う。
不二もそうだね、と笑って言う。
「早く元気になるといいね」
「うん」
ホントに早く元気になるといいな、と思う。



大石はあの日からずっと学校を休んでいて、もうかれこれ3週間ほどになる。
家に電話しても誰も出ないし、何度か訊ねていったけど、家の電気はついていなかった。
先生に聞いた話では、大石本人が入院しているということだけど、何で入院しているのかは教えてくれなかった。
「命に関わる病気じゃないから大丈夫だ」
と、2組の担任は言ってくれた。
「高校の入学式までには学校に来られるさ」 とも。
俺は心乱れたけれど、俺自身にはどうしようもないのだと静観を決め込むことにした。




最後に大石を見たのは、あの日の夕方に彼の家まで送っていった時だ。
「送ってくれてありがとう」
彼はふんわり笑った。
泣き腫らした目が痛々しかった。
「いいよ、そんなの」
俺は努めて笑顔を作ったけど、成功していただろうか?
「明日、また学校でな」
俺たちはどちらからともなく抱き合った。
そうしてそこに暫く立ち尽くしていた。
とても不安で、とても悲しくて、彼の首にまわした腕をこのまま一生離したくないと思った。
だけど、玄関が開いて大石のおばさんが飛び出てきたので、
俺たちの時間は終わりになった。
「秀一郎!」
大石の家にはうちのかーちゃんから連絡して貰ったのだけど、
きっとかーちゃんは余計なことも言ったんだろう。
大石のおばさんは青い顔で走り出てきた。
俺は名残惜しかったけど、大石の首にまわした腕をするりとほどいた。
でも、大石は俺を離そうとしなかった。
「秀一郎…?」
おばさんが困ったように立ち尽くしている。
でも、俺はここはすごく大事な時のような気がしたから、大石の首にまた手をまわした。
「おーいし、大丈夫だよ。明日も会えるよ」
「離れたくない」
「大丈夫だって。俺、ずっと大石のそばにいるから」
「やだよ、英二」
ぎゅうってしめつけられる。
抱きしめるとか、すがりつくとか、そういうんじゃなかった。
羽交い締めにしてるって言うか、俺の肋骨の心配をまったくしていないと
思われるような力だった。
息ができない。
苦しい。
でも、俺は嬉しくて。
何でだろう?
あの時の俺は、胸を締め付けられてるためではなく、幸せの為に息がつまった。


おばさんに連れられて、玄関をくぐる大石を俺はずっと見ていた。
大石は悲しそうな顔でずっと俺のことを見ていた。
ドアが閉まる瞬間まで。
大石の視線が俺をその場に縛り付けたかのように、俺はその場に立ち尽くしていた。
赤い夕日の中、ずっとそこに立ち尽くしていた。




大石の入院先が都内の精神病院だと知ったのは、
高校に入ってしばらくしてからのことだった。